2009年07月28日

高校時代の映画「バニシング・ポイント」

  この映画は再映画化もされました。米国では結構有名なのでしょう。題名も良いセンいっています。今風に言えばいけてる感じでしょうか、忘れがたい題名です。消滅点という意味でしょうが、正にそのように消えてしまいます。車の移送を頼まれていたのですが、無茶苦茶な速度でその車を運ばないとできっこない時間です。だから最初から無理な移送だったのですが、主人公はそれに望みます。主人公はとても寡黙であまりしゃべりません。彼にも悩みや信条もあっただと思いますが、よくは判りません。たぶんアメリカン・ニューシネマの時代だったのでベトナム戦争の傷跡が大きく反映された作品だと思いますが、高校時代の私にはたぶん理解出来ていなかったのでしょう。主人公は死に急ぐように巨大なブルドーザーに突っ込んで行きます。何故そんな生き方をするのか、どうしてあと少しで到着するのに激突するのか・・・・。でも高校生なりにその生き様に共感したのでしょう。ラストはあっけにとられたのと同時に何だか爽やかな感覚が残りました。たぶんアメリカも病んでいたのでしょう。そう言えば、アメリカン・ニューシネマの時代の傑作と言われた「俺たちに明日はない」「明日に向かって撃て」「真夜中のカーボーイ」でも主人公達は死んでしまいます。たぶんこの映画もその流れをくんでいるのかも知れません。
  死ぬことしか自己表現が出来ないのは悲しいことですが、その頃の私には死ぬと言うよりどこかに消えて行ったという感覚でした。それがかっこ良く思えたのか、何故か印象深い映画でした。彼の疾走を実況する黒人のDJとか知人の老人とかよく分からない人物が絡んできますが、映画的には必要な設定だったのでしょう。今の私なら理解できますが、高校時代の私はその必要性が判って無かったような気がします。もう一度観てみたい作品です。
posted by ヒロシ・マックイーン at 07:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月24日

高校時代の映画「マッシュ」

  この映画は「続・猿の惑星」と一緒に上映されました。「猿の・・」はあまり面白くなく、こっちの映画のほうがよっぽど面白く、見応えある作品に出来上がっていました。このようなはちゃめちゃな映画を初めて観たのですが、音楽など印象深く、ストーリィなどあまり関係なく作られていたような気がしました。
  監督はロバート・アルトマンといってその当時はあまり有名ではありませんでしたが、この映画のヒットで俄然注目されるようになったようです。その後は少しの間日本では彼の映画は公開されてもパッとしませんでしたが、アメリカではヒットを連発してアメリカでは最も敬愛された監督だそうです。ジャンルにとらわれず様々な映画を作り続けました。私的にはどれもとりたて傑作といわれる映画とは思いませんでしたが、職人気質風の面白い映画を連発した印象を持っています。
  この「マッシュ」ですが、破天荒な3人の医師が朝鮮戦争時にやりたい放題な事をする映画です。野戦病院で雑談をしながら荒っぽい外科手術をしたり、高慢ちきな看護婦を辱めたり、日本に休暇を利用して芸者遊びをしたりします。いわゆるこの映画は「ブラック・ユーモア」映画と評されましたが、その当時の私にはよく分かりませんでした。へえ?これがブラック・ユーモアと言うのか、という感じです。今、思うと多分に毒を含んだ映画だと言えます。
  良識とか、真面目とかは無縁な3人です。また周りの人たちもよく見ればいい加減な自分勝手な人ばかりです。その中でもこの医師3人は際だっているのですが、昔あったTVで「三バカ大将」というのがありましたが、そんな映画でした。「三バカ・・・」ドタバタコメディーではありませんが、結構真面目に生きているのです。それがちょっぴり羨ましくもあり、おかしいのです。面白がらせるのではなく、その行動そのものが何故か可笑しい。それは人間観察なのでしょう。この映画はそんな毒が隠されていました。
  映画のラストに掛かる「自殺の歌」はラジオでも結構かかりましたが、ちょぴり切なく忘れがたいメロディーでした。そう言えばこのような映画があまりないなぁー!貴重な映画かも知れない。
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2009年07月21日

高校時代の映画「パットン大戦車軍団」

  この作品は同年アカデミー賞作品賞や主演男優賞を獲得した名作です。格調高く、戦争映画と言うより人間ドラマの感が強く出た映画でした。多分、監督のフランクリン・J・シャフナーは「アラビアのロレンス」を強く意識して作り上げた作品だと、私は勝手に思っています。
  この年は「ある愛の詩」や「大空港」などが大ヒットしましたが、この映画にアカデミー賞は与えられています。まさにパットンと主演のジョージ・C・スコットがぴったりくる正にはまり役で、受賞するのも当たり前だと思いました。
  映画はパットンがイタリアを通過してパリに凱旋するのが早いか、イギリスのライバル将軍との争いが中心に描かれています。まるで子供のような人間で、周りの人はたまったものではありません。その人物像を愛すべき人間としてまた欠陥人間としてちゃんと描いています。正に戦争の申し子のような、我が儘な嫌な人間です。でも世の中は英雄として扱います。その辺りの感想は人それぞれでしょうが、私にはとても嫌や人間に見えました。こんな上司がいたらたまらないでしょう。
  映画はいろんなエピソードを積み重ねています。戦闘シーンはあまり覚えていません。しかしそれも別な意味で戦争映画でしょう。パットンのような人間は二度と出て欲しくないものです。第2次世界大戦でもう充分です。しかし私はこの作品を見事な戦争映画だと思っています。
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2009年07月20日

高校時代の映画「トラトラトラ」

  戦後、戦争映画は沢山作られ、また観てきましたが、この作品は戦争映画の日米合作映画だけに期待に違わぬ素晴らしい出来映えでした。撮影中からごたごたがあり、当初日本側の監督であった黒沢明監督が途中降板をさせられたり、そんな中でよく完成したなと言われていました。予告編などが流されるとワクワクして待ち望んだ映画でした。
  上映時間も2時間を優に超え、大作感たっぷりで、また出来映えも文句のつけようのない内容でした。製作費も破格の110億円以上と謳われと、ハリウッドの力を見せつけてくれると信じ、上映を心待ちにしていました。
  今までの日本の戦争映画映画はミニチュアを使った軍艦や飛行機などはちゃち過ぎてもう壁壁していおり、何とかならないものかと思っていました。そしてこの映画です。戦闘機など再現しての空撮や航空母艦から飛び立つシーンや飛行機の炎上シーンはやはり圧巻でした。
  この感想は当時を思い出しての書き込みですので、今観ると違っているかもしれませんが、やはりハリウッド映画は規模が違うと唸ったものでした。以前から真珠湾攻撃は日本映画や戦記物として沢山描かれていたので、当時私がパールハーバーについて思っていたのとそんなに大差はありませんが、アメリカ側からみれば屈辱の日として作っておきたかったのでしょう。戦闘シーンも結構長く、それまでのドラマ部分も上手く作られており飽きさせません。さすが黒沢明も脚本に参加していただけはあります。でもそのことを知るのはずっと後の話です。映画には黒沢のくの字もありませんでした。
  今はCGなどが発達していますが、この作品は後の「パール・ハーバー」と比べても全く遜色はありません。とにかく私の今までに観た戦争映画の中で迫力においてはその当時最高の映画でした。もう一度あの大画面で観たいものです。広島では封切りは東劇でした。できたら朝日会館で観たかったなぁ。
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2009年07月15日

DVD鑑賞記「崖の上のポニョ」U

  題材が題材だけに、幼い子供、そして大人にも鑑賞耐えうる作品に仕上げるのは並大抵ではないと思います。その辺りの苦労がストーリーに見て取れます。しかし映画は説明不足のところがあります。その辺りは観客がくみ取らなければならないのか、しかし私にはいくら魔法が使えるにしても余りにも海に沈んだ老人ホームや、集められた船などのシーンなど唐突なシーンが有りすぎます。そんなのもかと思えばいいのですが、理屈っぽい私には納得できませんでした。
  この作品は宮崎駿監督のみに任されたのだと思います。他人が入る余地がないというか、一人の頭の中で考えられてお話です。だから話に広がりがないような気がしてなりません。以前の作品によく似たシーンが随所に出てくるのだと思います。たぶん彼のある種の限界がそこに見えてきます。
  以前から宮崎作品に共通したことですが、彼の映画にはよく「血」や「運命」という言葉が出てきます。血筋とか、受け継がれていく定めだと思いますが、その関係を前提に込めて描いています。人間ではどうしようもないものの意味でしょうか、その不思議な縁の世界を描くのが好きのようです。王族とか、特殊な世界です。それだけはどうしようもない犯すことが出来ない物として描いています。全ての作品がそうとは言いませんが、きっと彼にはその世界がロマン溢れる、犯しがたいものとして見えているのかも知れません。何だかその手のなかであがいているように思えていました。もっとその辺りは詳しく書くべきですが、この項では止めておきます。
  しかし、決してこの作品をけなしているのではありません。宗介とリサとの不思議な関係や気むずかしい老女との交わりなどとても暖かみのある、優しい人間、強い人間、そしてつながりとその可能性が描かれています。これはとても重要なことです。
  この映画の重要なテーマである異種、自分とは違ったものとの交わりが今からの社会の中でどれだけ必要で、大切なものとして強いメッセージ性を込めています。
  この町に悪い人など出てきません。宮崎監督が半年も滞在されていた鞆の町並みのイメージが描かれています。しかし私にはどうも映画と町並みがマッチしていないのです。違和感がありました。何処というわけではないのですが、ストーリーと町並みと色調が合いません。そこは別なものとして観なくてはいけないのですが、鞆という町を知っているだけにそんなことも感じました。
  そして魔法の世界と月との接近など小難しい世界が展開します。これは少し余計に感じました。これが宮崎ワールドかも知れませんが、子供には関係のない世界です。
  何か不満的な感想になりましたが、楽しい映画には間違いありません。ラストのポニョの歌のシーンでは映画館が大合唱になったそうです。これは凄いことです。幼い子供、親が一緒に映画館の中で歌うなどこれまで考えられなかったことです。それだけでもこの映画の意味が見て取れます。

                            終わり
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2009年07月14日

DVD鑑賞記「崖の上のポニョ」

この作品は今まで宮崎駿監督が悩みに悩んだ末に知恵を振り絞って作り上げた作品に思えます。この作品が出来上がるまでのドキュメントをTVで放映されましたが、彼は最後のシーンがどうしても書き上げられず、締め切りもとうに超えて、もうギリギリの末作り出した模様がそこに描かれていました。
  物を創作するというのはつくづく大変だなぁと感心したものですが、今回出来上がった作品は私には何度か観たことがある寄せ集めの感が否めませんでした。しかしさすがに心に訴えかける真の強さがそこにはあり、私の目を潤ませたのです。今回の作品でも宮崎ワールドは存在していました。
  おてんばのポニョですが、なぜ地上に興味を持ったのか、親父は元人間だったこと、そして海の女王お母さんの存在などがあるのですが、殆どその説明がなく、どういう事なのかがさっぱり判りません。説明が必要がいらないのか、それは観客が理解すれば良いのか、そこは自由に任せているのかはわかりませんが、私には不満がどうしても残りました。ポニョが未知への憧れや知らない物への興味は理解できますが、ちょっとストーリーが唐突な感じがしました。しかしそれ以上に宮崎監督のパワーに圧倒されてしまうのですが、ポニョが宗介の元に駆けつけるシーンは特に圧巻でした。
  彼の物への視覚に対する感覚は特別なものがあります。これは「もののけ姫」や「千と千尋・・・」にも表現されていますが、凡人には表現出来ないものを感じます。今回は津波のシーンにはそれを良く表現していますが、他のシーンはどうしても二番煎じを感じざるを禁じ得ません。
  それはこの作品にあまりにも宮崎ワールドを植え付けたかったのかも知れませんが、内容にどうしても無理が生じてくるのです。もっと単純に人間になりたかったお魚の話で良かったのではないかと思いました。

 
posted by ヒロシ・マックイーン at 08:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月13日

高校時代の映画「大空港」

  言わば豪華オールキャストで贈る大パニック映画のはしりとなった記念碑的な作品です。上映時間もゆうに2時間を超えて、いかにも大作という雰囲気と配役が揃っていました。このような映画をグランド・ホテル形式と呼んでいるそうですが、役者にあった小さなストーリーを組み合わせて一つの映画に組み立て行きます。それぞれの役者が競うので見応えがありますし、何だか得して気分になります。
  この作品は時間をかけてですが、大ヒットしたそうです。興業収入が1億ドルを突破したそうですからその当時としては凄まじい当たりようです。これを機に沢山のエアポート品も作られましたし、陸・海・空とあらゆる舞台でパニック映画が作られました。
  映画はとても良く出来ていました。私はこの作品が当初好きではありませんでしたが、何度も観ているととても丁寧に、確実にスキなく作られていることを知りました。ハリウッドらしい見事な作品といえるでしょう。
バート・ランカスターが空港の責任者に扮し、ディーン・マーチンが機長、ジーン・セバーク、ジャクリーン・ビゼット、そしてジョージ・ケネディが出演していました。取り立て新味はありませんが、どうなってしまうのかとハラハラドキドキでした。
  この作品とは違いますが、TVでその時期に放映していた、同じような飛行機パニックを描いた映画がありました。題名は忘れてしまいましたが、これもとても良くできていました。ハリウッドはこの手の作品は手慣れたものを感じます。
  そういえばあまりこの「大空港」はTVでも放映されていないようです。時間が長いので民間放送では難しいのかも知れません。BSで再見したいものです。
posted by ヒロシ・マックイーン at 07:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月10日

DVD鑑賞記「007慰めの報酬」V  

  今までのジェームス・ボンドは傷一つなく悪者をやっつけますが、ダニエル・ボンドは生傷が絶えません。ハンサムなボンドではないので、ボンド・ガールと言われた綺麗どころの出番が今回はほとんどありません。ちょっと趣が今までとは変わってきています。お色気を期待する向きの方は期待はずれかも知れません。その分テンポが速くなり、アクション場面がより一層激しくなりました。思いつくアクションは全て出している感があります。今回のヒロインは南米の出身の設定のためにお色気は極力避けています。前回のボンドガールが美女だったのですが、今回は復讐がベースにあるためか。お色気は殆どありません。
  私は007全ての作品を観たと書きましたが、その殆どが、ストーリーを忘れています。何故こうなったのかを思い出しません。アクションのつなぎに物語りがあるようで、お話まで頭が回らないのです。007は世界を飛び回り、時には宇宙まで飛び出しました。もうお話が飛びすぎて訳が分からなくなります。
今回の作品は特にそれを感じます。前回愛した女性を殺され、復讐をするお話が設定になっているために前回の作品がどうだったのか、私は思い出せないのです。それには話がつながらず困ってしまいました。そしてテンポは速いために、私は映画そのものについていけなくなりました。それはちょっと困りものでした。
  そして007はMという上司がいますが、今回やたら出てきます。そのMが冒頭に撃たれたと思っていたら、次のシーンでは元気でいたり、そのあたりが説明がなさ過ぎてよく分かりませんでした。
  Mは頼りになる女性の上司ですが、今回はやたらボンドに対して懐疑的で、辛くあたります。そのあたりはとてもシリアスですが、しかし最後は彼を信頼して事は収まるのです。でもこれほどMが映画に出たのは初めてのことでしょう。お色気が無いのに、老女のMじゃバランスが悪すぎます。次回はもっと、もてるボンドに戻していただいて我々男性陣を喜ばせて欲しいものです。
  前回が出来が良かったので、期待はずれの感はぬぐいませんが、主役が代わり、アクションもダイ・ハード、ボーンシリーズのような撮り方になっています。ちょっと様変わりしているのかも知れません。それはそれでいいのですが、ボンドのイメージは少し保って欲しいと感じたのは私だけではないでしょう。
                                終わり
posted by ヒロシ・マックイーン at 06:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月09日

DVD鑑賞記「007慰めの報酬」U

  007はスパイ活劇なので、その時の政治背景が必ず描かれています。初期の頃は世界征服を目論む悪者組織や、米ソの冷戦構造下のイギリスだったり、それが終わるとテロリストや武器商人やら別な悪者組織だったりします。近頃は北朝鮮だったり、今回のような慈善団体を装った組織などもいます。対立軸がはっきりしなくなり、色んな組織を作り上げて我々観客を飽きさせませんが、はっきりしているのは自由陣営というか、反共の考えはしっかり映画に反映させています。事実共産主義を名乗る国は今のところその名に値する国はないので仕方ないことですが、その自由陣営も勝手なことをやりまくっている模様を描いています。それはそれである意味正しいので面白く観ています。
  この「慰めの報酬」も、アメリカのCIAとイギリスの国情を取り混ぜて描きます。そこがまた007の面白いところでしょう。ただのスパイアクションだけでなく、自由主義陣営のジレンマをちゃんと取り込んでいます。そこをジェームス・ボンドは上手く処理するのです。そのあたりは007映画の真骨頂でしょう。
色々考えはあると思いますが、政治の狭間で揺れ動く人間模様ですが、ジェームス・ボンドは決してぶれません。政治的思惑より自分の信念のほうを優先します。そのあたりは22作に共通するのではないかと思います。
  私は全て007映画は観ていますが、世界情勢によって見方はいろいろだと思いますが、唐突無形な映画より、今回の作風のような007のほうが好きです。007も「ボーン・・・」シリーズに近づいているような気もします。もともとの007は第2作の「ロシアより愛をこめて」のように武器を持たないスパイアクションに徹しているのが原作に近いと言われていました。その意味では評判の悪かった「女王陛下の007」は私は好きでした。このダニエル・グレイブ作品は原作に近づけていると思います。
 
                              続く
posted by ヒロシ・マックイーン at 07:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月08日

DVD鑑賞記「007慰めの報酬」

  007の主役が変わって2作目です。まず第1作は大成功ということでしょうが、何でも2作目が肝心です。しかし007は何事も手は抜きませんが、やはり主役が違えば、内容というか、趣が変わってきます。このダニエル・グレイブは悪役出身なのか、確かに肉体派で、彼の個性を存分に生かした007になっています。
  これまで、幾人かの俳優がジェームス・ボンドを演じてきましたが、彼が一番野性的で、凶暴なボンドかも知れません。いつも体中傷だらけで、顔にも傷が絶えません。およそスマートとか、機知に富んだ演じ方はしておらず、むしろダニエル・グレイブの個性を発揮さすような演出ぶりです。しかしユーモアやご愛敬があるのが、今までのボンドでしたが、全くそれにはお構いなく、殺しの番号の通り殺しまくります。これが逆に彼のブラックユーモアになっているのかも知れません  
  演出も凄まじい描写に徹しています。冒頭のシーンも徹底したアクションを見せつけます。どうやって撮影したのか不思議なくらいに、これでもかとやり過ぎくらいに見せてくれます お話は自分の妻の復讐が裏に隠されていますが、そのあたりが相手が誰なのかはっきりしません。ボンドガールの両親の復讐相手はしっかり判るのですが、ボンドの妻を殺したのはどの組織で誰なのかが私には判りませんでした。その題名の通り、復讐の報酬は辛く、苦いものですが、正にボンドが言うように死者は復讐は望まないのです。至って今度の007はそのあたりはクールに描いてあります。いちいち死者にセンチにはなりません。生き残るために相手には死を与えていきます。だから彼の行く所死体がごろごろします 
 今度の007の背景には地球温暖化問題とエネルギー、そして一番問題になっている、水という資源を題材においています。まさに今日的問題をテーマにおいているのです。                         
                           続く
posted by ヒロシ・マックイーン at 16:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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