2009年08月03日

高校時代の映画「ジョニーは戦場に行った」

  初めてと言ってよいほど衝撃的な映画でした。どうしようもないほど気分が落ち込む感じです。しかしこの作品は紛れもない戦争映画です。戦争という状況下に起こったあり得る物語だと思います。それは観る人に何を思わすか、感じるかは任せています。決して導こうとか、こうあるべきと描いていないと思います。しかし映画があまりにも想像を超えた存在になるために戦争という事実を見失いかけてしまいます。私は幾度かこの映画を再見する機会がありましたが、叶わずにいました。意識的に観なかったのだと思います。
  ジョニーは手足どころか感覚のほとんどを爆弾によって失ってしまいます。思考だけは確かですが、伝達手段はほとんどありません。だるま状態のジョニーはモールス信号を体を動かして、自分の意識の確かさを伝えようとしますが、軍の上層部によってその存在さえも隠されてしまいます。その姿を観ている私たちは目の当たりにするのですが、自分の思考を意図的に遮断されるのです。こんな苦しい、残酷なことはありません。その模様をジョニーの声で訴えるのですが、彼の無念を思うと観ている私も奈落の底に落ちていくようです。
  監督はドルトン・トランボですが、赤狩りにあい仕事を奪われた彼は20年の経てこの映画を初監督しました。あの忌まわしい思想弾圧から再び活動を許されて、戦争の姿を描き出したのです。つまり、ハリウッドの思想弾圧をジョニーと重ねたのだと思いました。私は映画の仲間(大人ですが)から赤狩りの事は結構聞いていたので、多分そう感じたのだと思います。手足をもがれ、目も耳も口もきけず、全てを奪われたのです。しかし自分は生きているぞと自分以外のものとのコンタクトを試みるのです。ジョニーは看護婦しか伝えられませんでしたが、トランボは偽名でハリウッドに挑戦し続けます。そして何度かアカデミー脚本賞を受賞したといいます。トランボは戦争という表現の中で自由の素晴らしさとか生きることの大切さを訴えたのだと思います。
  この映画の評価は沢山あると思いますが、私は見事な反戦映画に昇華していると思いますし、構成の巧みさも含めて素晴らしい映画だと思いました。
私は広島に住んでいます。あの原爆のことを幼い頃から伝え聞きました。戦争という悲惨な状況は写真や映像で見聞きしましたが、1発の爆弾であのジョニーを幾人作り出したのでしょうか。何万人いや何十万というジョニーを戦争は生み出したのです。
  高校生の私には強すぎるくらいの衝撃でしたが、いつかまた再見できたらと思います。  
posted by ヒロシ・マックイーン at 08:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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