2009年09月08日

高校時代の映画「いちご白書」

  この映画はユーミンの曲として題名が使われてとても有名になりました。今でも時々想い出の曲として人気があり、よくTVでも歌われています。映画の「いちご白書」のほうがもちろん先に公開されたのですが、それから5年後に「いちご白書をもう一度」が作曲されたのですが、私が観たのは高校2年生の時です。勿論そんな歌は生まれていませんでした。
  映画の「いちご白書」はとても初々しいまさに青春映画そのものでしたが、当時大学生だった人には忘れられない映画の一つになったことでしょう。そしてユーミンの哀愁に満ちた歌詞とメロディーにはそれこそもう一度で参ったと思います。
  映画は私にとっても衝撃な終わり方をした、何だか心を揺り動かされた気持ちになった作品でした。映像も光をたっぷり輝かせ、二人の男女をちょっと引いて描いていました。ノンポリの男子と学生運動が生きる証のような女の子がお互いに影響しあうお話です。私の高校でも2年前には学生運動のまねごとがあったそうですが、私たちはまるで知りませんでした。しかし政治に少し興味があった私は、その当時過激派らしき大学生のオルグに行ったことがありました。その時その彼とちょっとした議論になり、「どうしてあんなにゲバなどをするのか」と尋ねたことがありました。彼は「あれは学生たちが最初に仕掛けたものではない、警察、機動隊から殴ってきたのだ、だからやり返すのだ」とそのようなことを答えたのです。当時の私でもどうも納得がいかず、もうそのようなオルグには二度と参加しませんでした。そのようなものに参加したことを親が知ればとても悲しませることになるような気がしたからです。私の記憶では彼は過激派のAという人物だったような記憶があります。そこには大学生や女子高生もいました。いま思うととても危険な行動だったと思います。私は彼らのような暴力的な行動はどうしても納得がいかなかったのです。
  ちょうどその頃この映画を観たのです。だから私なりに「いちご白書」は印象深い映画なのです。ユーミンが書いた詩のように二人でこの映画は観ませんでしたが、ラストの理不尽な警察と大学側の仕打ちには私なりに考えさせられました。しかし暴力に対して暴力では解決にならないことを高校生なりに考えていたのだと思います。映画は圧倒的な権力の力で学生たちは屈してしまいますが、これで良いのだろうかと観ている私たちに訴えかけていました。
  私は「いちご白書をもう一度」の歌詞はあまり好きではありません。あの詩をいかに捉えても自由ですが、単なるメモリーにして欲しくはないからです。団塊の世代のあのメモリーが今はどうなったのでしょうか。学生運動は単なる想い出ではなく、私は学生なりの社会への目覚めだったと思っています。そのなれの果てが今ではやりきれなません。一体あの運動はなんだったのでしょう。
  映画をちょっとずれてしまいましたが、この映画はそんなことを思い出さすのです。
posted by ヒロシ・マックイーン at 20:48| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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