2010年01月31日

DVD鑑賞記「グラン・トリノ」V

  コワルスキーとは主人公の名前です。彼はこの名字に誇りというか、間違われるのを嫌いです。誰でもそうだと思いますが、とにかくこだわるのです。コワルスキーという名はどちらかというとヨーロッパ的な名前だと思います。しかし彼はとてもアメリカ的な感覚を持っています。そりゃアメリカに住んでいるから当たり前の事ですが、元々ヨーロッパからの移民だったのではないかと思います。彼は若いとき朝鮮戦争を体験し、それからフォードに勤め真面目に暮らしてきたようです。しかし気骨というか、自分のポリシーは失ってはいません。決して自分の考えは変えませんし、人から指図されるのはとても嫌がります。葬式の日、子供達に色々言われますが断固拒否するのです。この性格が良い悪いは別にして人生それで生きてきたのです。それが隣人のちょっとした出来事で関わらない関係から大きく関わる日々に変化していくのです。これも人生の機微なのでしょう。
  映画は淡々とそれらの出来事を綴っていきます。ちんぴらを銃で脅かすシーンなどは往年の「ダーティーハリー」を思い起こします。思わずにやっとしてしまうのですがそこは年老いた老人です、気骨は見せますが何だか不安で仕方がありません。どこか危なっかしい、冷や汗ものなのです。
人はいつでも何処でも戦っているのだと教えてくれます。たとえこのような老人になっても何かと戦うのだと映画は言っているような気がします。
                         続く   
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2010年01月29日

DVD鑑賞記「グラン・トリノ」U

  時は現在でしょう、所はデトロイト。アメ車が落ち目になり、グラン・トリノというフォードのビンテージカーが物語のツマになっています。不良仲間にそそのかされこの車を盗みに入ったところ、主人公コワルスキーに捕まります。隣の青年と判り許されますが、それから物語は展開していきます。
  主人公のコワルスキーは風貌通りとても頑固で人種差別主義者を思わすところを持った老人です。彼は朝鮮戦争も体験しており、死というものに特別意味を持っているのです。戦場を体験したことが、彼にとってこれから大きな意味をもつのですが、それは最後に不良との対決に表現さえます。
  クリント・イーストウッドの映画はだいたいそうですが、途中から意外な展開を突如してゆきます。観ている私たちには予想外のお話になっていくのです。今回のラストシーンもそれでしょう。どう解決してゆくのか先が読めないのです。それはそれで面白いのですが、その先に感動が意外とないのです。私は映画に感動を求めているわけではないのですが、彼のこれまでの作品には琴線に触れ涙を流した記憶がありません。涙を流すことが感動とは違いますが、少なくとも感情移入が出来ないことは確かです。人生は物事とは見込み通りにいかないことをクリント・イーストウッドの映画は我々に訴えているのではないでしょうか。だから以外の展開に感情がついてゆけず感動まで至らないような気がします。
  映画は彼の妻の葬式から始まります。そこで彼の今の心情や性格が的確に伝わってきます。たぶん彼の妻も頑固な性格に手を焼いたことが伺えます。子供に対しても親子のそれではなく、どことなく面倒くさいというか、先を見越して考えを表します。決して上手い関係とは思えません。それは先に書いた戦争の体験から生まれた感情かも知れません。感情を持っていればその先は死というものが待っている戦場から学んだ知恵だともいえるでしょう。だから朝鮮という異文化の土地にいながらそのは戦場の地だった、心の安堵を持てなかったことが彼の性格を作り上げたのだとも言えます。しかしkの小さな事件から彼の性格は少しずつ変化をしていきます。心奥底に潜んでいたものが徐々にもたげてくるのです。
                       続く
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2010年01月28日

DVD鑑賞記「グランド・トリノ」

  物心ついたころからクリント・イーストウッドという俳優を私は見続けているような気がします。私の一番のごひいきは勿論スティーブ・マックィーンですが、彼以上に私の人生で観ている人かもしれません。まあ長く映画の世界に君臨しているのでそれだけ作品数も多いのですが、それ以上に30年以上も主演、監督、製作などをしているのも凄いというしかありません。今のアメリカ映画界にとって彼は今は亡きポール・ニューマンの後を次ぐ大スターであり、目標となる映画人だとも言えます。
  彼の作品の多くを私は観ていますが、世間の評価よりなぜか私は高くはありません。一部の作品は高く評価できますが、アカデミー賞を受賞した「許されざる者」や「ミリオンダラー・ベイビー」も何故作品賞を獲得できたのであろうかと首をかしげました。別段彼が嫌いなわけはないのですが、そんな価値が見いだせないのです。思うに彼の作品はどうも画面が暗いのです。明るい野外の場面でも空もどうもスカッと明るくありません。そんな場面など映画の評価とは関係はないのですが、映画も画面同様に心が晴れません。どこかくすんだと言うか、もやもやした気分にさせられます。やるせないと言うか、もやもやっとした気持ちになるのです。だから映画を見終えたとき、どうしてこの映画を撮ったのであろうかとか、こちらの予想を裏切る終わり方をするので、最後まで不安なままで終えるのです。それもひとつの映画の魅力でもありますが、余韻が後を引きずり映画の醍醐味を失います。
  この「グラン・トリノ」もその一つでした。その前に「チェンジリング」も映画の出来は素晴らしかったのですが、何となく後味というか、心に引っかかる場面のパレードだったので心が晴れなかったのを覚えました。雑誌などで「グラン・トリノ」の出来の素晴らしさを読んでいたので、とても期待をして観たのでした。
                          続く
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2010年01月27日

それで広大に(脊髄小脳変性症との事)

  私は先生にセカンドオピニオンなどという言葉を言われたのですが、しっかりと理解はしていませんでした。よその病院にいってもう一度診察をしてもらいなさいということでした。私もそうした方が良いと思い、気軽にハイと返事をしていたのですが、看護師さんに「いつ行けば良いのですか」と聞くと、「先生に伺ってみます」と言われ待っていると木曜日との返事でした。事の重大さに気づいてない私は「木曜日はいけません」と言って、「この件は無かったことにしてください、定休日以外は休めません」と返答をしてしまったのです。先生は「それじゃ、また来年の落ち着いた頃に来てください」ということになりました。そして前回書いたブログの話になります。コメントに私の病名が書かれていました。ネットで調べると症状が正にぴったりです。これは大事だとはっきり認識したのです。大慌てで妻との話になり、もう一度病院に行って一緒に話を聞こうと言うことになりました。私も自分の病名を知ったからには、これからの事もあるので放ってはおけなくなりました。正に難病なのですから。
  次の週、妻と病院に出かけました。そうすると近くに住むお客さんにも出会います。どうしたのかと聞かれ、正直に話すと「私も難病だと」言われ、病気のことやそれまでの顛末を聞くことになりました。今まで私は至って健康だったので、そんな話を聞いたりすることはまるで予想もしてなかったのですが、1週間で人生がらっと変わってしまった気持ちになりました。病名が判ってまるで私の人生観が180度方向転換をしてしまったのです。
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2010年01月22日

はっきり知ってしまった(脊髄小脳変性症との事)

  私の病名を知ったのは、もう一つの私のブログ「ぐんぐんの言いたい放題、書きたい放題」からです。その題名通り政治や社会のことを無責任に書き殴っているブログですが、そこに病院のことを書いていたら、お店のお客さんから投稿があったのです。そこには実母のことが書かれてあり、母もその病気にかかっておられ、症状が似ているからネットで調べてみてはということでした。早速ネットを見てみるとその症状にそっくりでした。いや正にそのものでした。ちょっと愕然としましたが、これではっきりと自分の病名をを認識することができたのです。その方の母も随分長くその病気と闘っておられるようです。またそのコメントのことは妻から教えてもらいました。「kさんからブログにコメントがきているよ、病名も書かれてあるよ」とのことでした。
  これで先にお医者さんが言われたことが納得できたのです。何故自殺などと言われたのか、言われた理由も判りました。記事を読むと何だかお先が真っ暗なのですから。病名を知ると私1人の問題ではなくなります。周りにどれだけ迷惑をかけ問題が拡がるか・・・。特に妻にとっては大問題です。次の定休日に妻と一緒に病院に出かけたのです。その間、私は出来うるだけネットでその病気のことを調べました。調べば調べるほど救いようのない内容が書かれてあります。先生が言われた「ネットで調べてあまり暗い気持ちにならないように、あまり良いことは書かれていないから」と言われた理由も判りました。これで全てが繋がったのです。よく病名を知らないときは私1人で済ます考えでしたが、知った以上そんな訳はいきません。妻にもお医者さんからはっきりしたことを聞いて欲しいからです。
  私の人生にとってこんな事は多分一大事だと思います。このままだと寝たきりになることが確実なのですから。しかしお医者さんは人生設計がはっきり立てられるとも言われました。ある意味そういうことです。高血圧とか心臓病とか突然死に至る病気ではないから、思いようによっては準備や進行を遅らせることを考えればよいとも言われたのです。私は案外NO天気です。そりゃそうだと納得したのでした。
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2010年01月19日

脊髄小脳変性症との事

  こんな病名を突然言われたって訳も判らないし、第一覚えられない。何度か診察の祭にお医者さんから言われたのだけど覚えられなかった。その時お医者さんが「インターネットで調べて決して絶望ししないで下さい、ネットなどは最悪の事などが書かれてあるので鵜呑みにしないで」と言われた。その時は意味がよく判らないのでいい加減にハイハイと答えていたのだが、その後その意味が判るのです。そして先生は「絶望視して病院の帰りに自殺までした方がおられた」とまで付け加えられたのです。私は「そんなことはしませんよ」と言っておいたのだが、まだ何を言っているのだろうと思っていました。
  検査は極簡単なものです。脚気の時にする膝を金槌で軽く叩いたり、かかとを揃えて歩いたりするのですが、簡単な仕草が出来ないのです。少しは自覚をしていたのですが、お医者さんの前ですからしっかりやろうと思うのですが上手くできませんでした。目をつむって両手を広げて指をひっつけるのですが、交差してしまい指先が引っ付きません。以前よくしていた仕草ですが、ちょっと愕然としました。今でも時々していますが、やはり少しずれてしまいますが、上手指先がくくっつくと嬉しくなります。そんな検査をするのです。その時に以前撮ったレントゲンを借りて来るように言われたのです。私はそのことが気になって先生の言われた疑いのある病名を覚えられなかったのです。事の始まりはここからなのです。今から思うとこの病名は世間では随分知れ渡っていたのです。それはTVドラマでも映画にもなった「1リットルの涙」の主人公の病名だったのです。私はその両方とも観ていなかったので、そのことを知るのはもう少し後の話です。そして私がこの病名を知るというか認識するのはこのブログのお陰です。どっちのしろちょっと早いか遅いかの違いでしたが・・・・。
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2010年01月16日

DVD鑑賞記「おっぱいバレー」

  なんと直接的な題名であろうか。男性にとって「おっぱい」とはなんとも言えない音の響きです。特に思春期の中学生にとってはつい数年前までお世話になっていたのだが、数年すると特別な存在になってしまう、やっかいな代物です。
  この題名通りダメクラブの連中が新任のバレー顧問に1勝すれば、おっぱいを見せてくれと無理難題を言い出します。仕方なしにOKを出すのですが、まさかダメ連中はがんばり出します(そりゃそうだ)。映画はそのプロセスを楽しませてくれます。楽しい練習風景や先生同士のほのかな恋心、突然頑張りだした訳を知った女子学生や優しくコーチする親など、エピソードがつづられます。それもなかなか楽しく予想通り進行してゆくのですが、意外にオーソドックスに作られているのです。それが観ている私たちには心地よい流れでした。ドラマチックに描いているのではないのですが、嬉しい涙というか爽やかな気持ちにさせてくれるのです。それも意外な気持ちでした。いくらでも盛り上げかたの演出はあります。しかしストレートに心の中に飛び込んで来ます。それが返って気持ちが良かったのだと思います。
  映画は30年くらい前のお話のようです。その頃流行した歌や車で時代を語っているのですが、私くらいの年配になると、時代がごちゃごちゃになって歌と車が合わなかったりして面くらいました。しかしそんな前のお話にしなくても今の時代で良かったような気がします。「おっぱい」は今でもとても不思議な響きを持っています。今の中学生でもそうだと思いたいのですがどうでしょう。題名以上の気持ちをこの映画から味わえます。そういった意味では男性には刺激的な題名だと言えます。もっと違った題名を付けられなかったと思うのは私だけでしょうか。
posted by ヒロシ・マックイーン at 16:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月15日

DVD鑑賞記「チェイサー」V

  主人公のジュンホでも詳しいことはなんにも判りません。不正のお先棒を担ぎトカゲのしっぽ切りをさせられたようです。警察でも一目置かれていたことを映画は示唆します。しかし警察幹部の及び腰でヨンミンを釈放してしまい、次の事件に至ってしまいます。ジュンホは非情なようですが、売春婦に対して優しさを見せます。それが今回の事件の糸口に繋がっているようです。しかし何故彼はそこまで失踪した女の子に対して執拗なのか、答えはないと思いますが、色々考えられます。
  そしてヨンミンのあの闇でも、借りていた部屋の壁布の隠されていた絵にヒントがあると思われます。神の存在と自分の存在です。まるで神を恐れぬ悪魔を演じているようです。神の天罰を待つかのように。
  この映画はやはり現代の闇の部分を描いていると思います。日本でも誰でもよかったとか、人を殺して存在感を示したかったとか、死刑になりたくて行きずりの殺人を犯してしまったとか、とにかく説明不能な理不尽な犯罪が増えていることは確かなようです。これは防ぎようのないことですが、こんな事が起こる社会は困ったものです。警鐘と共に人間の愚かさも描き込まれている映画だと思いました。
                          
                              終わり
posted by ヒロシ・マックイーン at 16:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月14日

DVD鑑賞記「チェイサー」U

  殺人鬼のヨンミンは一体何者なのだろうかと疑問に思います。生活感も存在感もまるでありません。影のような存在で、私たちの後ろに潜んでいるように思えます。そうもう一つの影です。邪悪で薄ら笑いを浮かべ、何かあろうことならすーっと出てくる獣のような怖い存在です。この映画は実話を元に作られたようですが、このモンスターのような存在を監督はどのような思いで描きたかったのでしょうか。金槌で人を殴るとどうなるか、考えなくても判る話です。しかしこの映画では気負いもとまどいもなく人に金槌を振り下ろします。とても怖いシーンですが、観客は身じろぎもせずそのシーンを見つめたと思います。何故こんなことをヨンミンはするのかと思ったはずです。意味や理由が判らない殺人が平然と行われるからです。理由が判らぬ殺人ほど怖いものはありません。正にこのヨンミンこそそんな存在なのです。しかしこの闇の存在はこの世にうようよしています。先も書いたように何処にでも蠢いているような影です。監督は実話を通してそんなことを訴えたかったのではないでしょうか。
                        続く
posted by ヒロシ・マックイーン at 21:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月13日

DVD鑑賞記「チェイサー」

  久し振りにDVDを観ることが出来ました。この数ヶ月何だか映画を観る気分ではなかったことは確かです。しかしそこで選んだのが、この「チェイサー」でした。以前映画サークルの仲間がこの映画のことを紹介していたのを覚えていたからです。だからもの凄く期待をしていました。しかし少々期待を裏切られた感覚を持ちました。それはこれだと確信を持ってここでは述べられませんが、もっと違った作りを期待していたからでしょうか。だから期待とは違った感想をもったことは確かでした。また全くこの映画には知識というものを持っていなかったので、こんなものだろうとも思います。
  「チェイサー」とは追跡者という意味なのでしょう。確かに追っかける者と、追いかけられる者が映画の中心に存在します。元刑事ジュンホで今はデリヘルを経営するやくざな男と全然身元不明の連続殺人鬼ヨンミンです。映画は警察に拘束されたヨンミンが何故か知りませんが自分が何人かを殺したと告白します。そこがまず驚きなのです。黙っておればたぶん判らなかったはずです。それなのにヨンミンはケロッとした顔で警察に告げます。観ている私たちも呆気にとられたはずです。何故って疑問に思ったはずです。私たちには理解不能な精神が彼には働いていたのでしょうか。それとも早く自分を捕まえて欲しい願望が働いたのでしょうか。しかしそれからも彼は警察から解放されても2人の人間をハンマーで撲殺してしまいます。しかもヨンミンの過去も生い立ちも映画からは全くと言ってよいほど判りません。また奇妙なことに何故こんなに人を殺すのかも私には意味不明でした。確かに犯罪に限らず、人間の所為は理由づけが必要不可欠だと思いますが、理解不明なこともこの社会には存在します。それも人間という不可解な動物の成せる業かも知れません。業という悲しいサガでしょう。また不可解なのは元刑事のジュンホです。彼は悪徳警官で詰め腹を切らされたようです。警官の時はかなりの敏腕刑事だと思わせます。しかし今はゴミと呼ばれる違法行為のどうしようもない男に成り下がっています。しかし彼は失踪した女たちを必要に追いかけます。まるで憑かれたように探しまくります。元刑事の犯罪に対する勘が働いたのでしょうか、僅かな手がかりを掴んで犯人に辿り着きます。私の勝手な思いこみでしょうが、そのあたりの面白さをこの映画に期待をしていたのかも知れません。映画は簡単に犯人に辿り着き対峙します。むしろ映画は追っかけのサスペンスより、直接的な決闘に主眼が置かれているようです。知能で対決するのではなく、動物的な力と執念で対決する血まみれな本能です。しかし犯人は容赦なくハンマーを頭上に振り込んできます。女性や老人はたまったものではありません。それは血潮が吹き飛び、血まみれの世界です。サスペンスとはほど遠いクライムシーンです。私の期待とはほど遠い映画ですが、ある種の衝撃的な刺激的な映画には違いありません。事実、日本でもこのような事件は多数起こりましたし、未解決事件の多くはこのような凄惨な事件だろうと思います。私たちの日常にも起こりうる行為だと言えます。この映画は非日常的の世界を描いているのではなく、人間の行為を描いているのだと思います。そう言った意味では人間を描いた傑作といっても決して過言ではありません。
                                 続く
posted by ヒロシ・マックイーン at 16:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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