2010年12月20日

社会人の時に観た映画「君よ憤怒の河を渡れ」

 ご存じ高倉健の大ヒット作です。あの当時の健さんは東映を退社してそれこそ自由を得たように様々な映画に挑戦というか出演しました。健さんファンにはたまらなかったでしょう。作品も多岐にわたっていますが、それでも健さんらしさを忘れずに、監督達もそのイメージを壊さないように、大切に撮っていたと思います。この作品はその第1作ですが、あの映画界を引退していた、永田雅一が、プロデュースした作品でもあります。監督は佐藤純弥でまさに今から油が乗ってくる時期でもあったような気がします。原作は西村寿行でスケールの大きい展開でどのように映画が進んでいくのかとワクワクしていました。
 出足は好調でどう話が進むのかと、身を乗り出して見たような気がします。しかし、時間が進むにつれ何だか腰砕けのようで、ちょっとがっかりしたのも覚えています。逃亡劇で、セスナを飛ばしたり、新宿で馬のスタンピードがあったりで、中々のものですが、つなぎが上手くなくどうもしっくりきませんでした。共演の中野良子も残念ながらそれほど強烈な印象を持ちませんでした。この映画は後に中国で公開されて大評判を得たそうです。チャン・イーモー監督も高倉健さんの大ファンになって後に自作に健さんに出てもらいました。それ程の評判を取った作品ですが、映画史に残る作品にはなりませんでした。とても残念です。
posted by ヒロシ・マックイーン at 22:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月13日

社会人の時に観た映画1976年「犬神家の一族」

 この映画は、大手出版会社が映画を製作した作品でした。たぶん角川映画の第1作のはずです。
この映画のヒットにより、角川は多くの作品を製作しました。映画の出来はともかく、本とタイアップした映画作りで大いに話題に上りました。こういう映画作りは初めてでしたから今までの映画作りとは随分違うなと思っていましたが、よく考えてみれば、独立プロと思えばなんてことありません。本という媒体を通して映画をヒットさせようとしてだけです。しかし本も映画もどっちとも当てようとしているのですから、欲張りな話です。しかし角川映画は見事にそれを成し遂げました。評価はともかく大したものです。
 あの奇抜なポスターというか、湖面から足がにょきと出ている一場面を全面に出すところなど、今考えれば見事なものです。そしてミステリーとなれば、当たらなければおかしい。
日本映画界も充分曲がり角にぶつかっていたので、映画の歴史においてはエポックな出来事かも知れません。
 当時は、映画を製作しているのは東宝、東映、松竹、日活でした。東宝は下請けに製作をまかし、もっぱら配給に専念していた矢先ですし、東映もそうなりつつありました。日活はもっぱらポルノ路線でしたし、日本映画界も曲がり角にさしかかっていました。今では映画会社などないと言っていいでしょう。残っているのは配給をする組織だけです。随分と変わったものです。その先駆けの作品かもしれません。
 監督は市川監督だから面白くないはずがありません。独特の映像で観客をぐいぐい引き込みました。
音楽もとても印象に残っています。この映画の功罪はともかく、日本の映画作りが変化した契機になった映画だと言えるのは確かです。
posted by ヒロシ・マックイーン at 19:52| Comment(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月04日

1976年と言えば

 1976年の映画のことを書いていますが、そう言えばこの年は結婚した年でした。
私が21歳の時です。今考えるとえらい早く結婚をしたのだと思います。その頃はそんなこと思いもしませんでしたが、まだ21歳結婚など考える年ではないと思いますが、どうでしょうか!?別に悔いとか、そんな思いはありませんが、世の先輩たちはそう思っていたのだと思います。しかし私の親も結婚が早く、しかも恋愛だったので、別に反対はありませんでした。ですから私の子供たちにも、それぞれ結婚については、反対など考えたこともありませんでした。子供は子供の人生があります。そう思えば、進路や生き方に反対や異議を唱えたことなど多分無かったと思います。子供たちはどう思っているかは知りませんが、私はそう記憶しています。こう書けば随分物わかり良い父親に思えますが、自分のことは自分で決めなさいという事です。しかし、責任は自分で取りなさいということです。とてもシンプルで親は楽であります。たぶん奥さんも同じ考えだと思います。だから私は子供は好きですが、特別我が子だけとか、めっちゃ可愛いと思ったことはありませんでした。そりゃ我が子ですから可愛くないはずはありません。私も人の子ですから、我が子は可愛いですが、案外冷めた目で見ています。自分の事で精一杯ですから、そこまで余裕が無いのかも知れませんし、案外冷たいのかも知れません。
 まあそれはさておき、とにかくその年は私の人生におけて忙しかったのは確かです。しかし、映画はその間にもせっせと観ていたのです。
 私の映画鑑賞時代でも一番映画を観ていたかも知れません。洋・邦画問わずTVでも放映も会議が無いとき以外欠かさず観ていました。しかし、記憶を辿って映画を書いていますが、書き留めていたものなど無いので案外忘れていますね。この調子だと、何時になるのやら、この映画日記が終わるのはと思いますが、仕事や映画に対する思いが少しずつ変化が起きるのは27歳ぐらいだと思います。だからあと僅かですね。
posted by ヒロシ・マックイーン at 22:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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