2011年04月20日

映画鑑賞「英国王のスピーチ」を観て

 久々に映画を観ました。私は映画好きで通っていましたが、中々映画館には通えない立場になってしまい、とても残念な気持ちでいました。
今回の映画は数々の賞に輝いている、名作になるであろう作品です。期待にたわがぬ心に響く作品に仕上がっていました。どこの映画かは知りませんが、ハリウッド映画にはない、とても品のある落ち着きのある格調高い映画だと感じました。これは観た人誰もが感じる事だと思いますが、ある一種の泥臭さも持ち合わせています。昔観た「炎のランナー」に似た香りがします。英国の鼻持ちならぬ差別感やそれを平気と当たり前とする思考に温度差感じながら、ある種堂々と描き切るその力を持っているのです。
 人前に出ると吃音になる癖が抜けきれない王子が一番恐れていた国王になってしまいます。映画はその辺りを過不足なく描いていきます。彼の苦悩は深刻です。国王の力と影響力をよく知る彼にはとても辛い運命です。その描き方は観るものをぐいぐい引き込んでいきます。観客はその生い立ちに気づかされ、同情し、その克服する過程に知らず知らず魅入ってしまうのです。
 映画のテーマは沢山あると思われますが、その辺りをサラッと描いていきます。観る人にその辺を任せてあるように思われます。生きるとは生活するとはある微妙なバランスを保っているのを思い知ります。親の期待や育った環境や教育、兄弟や周りの様子で性格や生き方まで変わっていきます。それが国王ならなおさらです。彼の吃音に至る生い立ちが語られます。国民の期待と希望を一心に背負いそれに負けまいとするその葛藤ぶりも描かれていきますが、演じるジョージ6世役のコリン・ファースや言語聴覚士ライオネル役のもまさにはまり役です。二人の演技を越えた役ぶりに圧倒されます。最後のシーンで国民に戦争を訴える演説では身を乗り出して見入ってしまいました。映画は何度も言うようにわざとサラッと描いています。もっとドラマチックに描こうと思えば描くシーンは沢山ありました。そこはあえてそんな風には演出せず抑えていたようです。だから時間的なことなど判りにくい事もありましたが、国王がライオネルの自宅を訪ねるシーン等観客を喜ばせるシーンを沢山用意してあり楽しくみられる工夫がありました。ラストの字幕で後日談として国王がライオネルに対しての友情の証がつづられていましたが、とても嬉しく感じられました。多少の脚色は映画なので仕方がないことですが、大英帝国の国王の話が映画になるなんて凄い事だと思いました。日本だと考えられません。ここに国民が元首に対する考えが集約されているのかも知れません。日本だと神秘のベールな隠されて真実は決して明かさぬものになっています。開かれた皇室などとは本当はないと思います。しかし英国では国王の恥部と言えることまで、このように映画にまでなります。国民性の違いと云えばそれまでですが、もっと違う根幹がそこにあると思われます。
 特殊な人たちがそこには描かれていましたが、根本は変わらないということです。同じ人間の世界の事であり、同じ様な苦悩を持ち、また克服をしてゆくのです。決して成功ばかりではありません。人生におけては失敗のほうが多いと思います。しかし、映画は人間の信頼と努力が克服できないものはないと静に語っています。心穏やかな感動が私を包んでくれました。それは映画館の力も加わったかも知れません。観た映画館は新設の八丁座でした。とても気持ちよく映画を鑑賞できました。
                    
                                       終わり
posted by ヒロシ・マックイーン at 08:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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