2010年01月29日

DVD鑑賞記「グラン・トリノ」U

  時は現在でしょう、所はデトロイト。アメ車が落ち目になり、グラン・トリノというフォードのビンテージカーが物語のツマになっています。不良仲間にそそのかされこの車を盗みに入ったところ、主人公コワルスキーに捕まります。隣の青年と判り許されますが、それから物語は展開していきます。
  主人公のコワルスキーは風貌通りとても頑固で人種差別主義者を思わすところを持った老人です。彼は朝鮮戦争も体験しており、死というものに特別意味を持っているのです。戦場を体験したことが、彼にとってこれから大きな意味をもつのですが、それは最後に不良との対決に表現さえます。
  クリント・イーストウッドの映画はだいたいそうですが、途中から意外な展開を突如してゆきます。観ている私たちには予想外のお話になっていくのです。今回のラストシーンもそれでしょう。どう解決してゆくのか先が読めないのです。それはそれで面白いのですが、その先に感動が意外とないのです。私は映画に感動を求めているわけではないのですが、彼のこれまでの作品には琴線に触れ涙を流した記憶がありません。涙を流すことが感動とは違いますが、少なくとも感情移入が出来ないことは確かです。人生は物事とは見込み通りにいかないことをクリント・イーストウッドの映画は我々に訴えているのではないでしょうか。だから以外の展開に感情がついてゆけず感動まで至らないような気がします。
  映画は彼の妻の葬式から始まります。そこで彼の今の心情や性格が的確に伝わってきます。たぶん彼の妻も頑固な性格に手を焼いたことが伺えます。子供に対しても親子のそれではなく、どことなく面倒くさいというか、先を見越して考えを表します。決して上手い関係とは思えません。それは先に書いた戦争の体験から生まれた感情かも知れません。感情を持っていればその先は死というものが待っている戦場から学んだ知恵だともいえるでしょう。だから朝鮮という異文化の土地にいながらそのは戦場の地だった、心の安堵を持てなかったことが彼の性格を作り上げたのだとも言えます。しかしkの小さな事件から彼の性格は少しずつ変化をしていきます。心奥底に潜んでいたものが徐々にもたげてくるのです。
                       続く
posted by ヒロシ・マックイーン at 07:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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