2010年03月09日

18歳の時に観た映画「日本沈没」

  この作品は映画を観る前にカッパノベルで先に読んでいました。多分上・下巻だったと思います。大変楽しいというか空想ですが、現実感も結構あるなと読んで思いました。何億年前はこういった地殻変動があったから今の地理が出来たのだから当たり前の話ですが、それにはとてつもない時間が掛かったのだろうと思われますが、地震が世界中に起こっているのであながち空想ではかたづけられない話です。しかし今の日本だって、世界の話でも全く砂上の家に住んでいるのだなぁと感じられます。18歳の私にはそんなことを思いもせず、ただ目の前の事に振り回されていただけの世代でした。この日本の大作をちゃっちいとも感じながらも良くできたエンターティメントとして楽しんで観たのです。
  映画というか、物語には主人公が必ず必要ですが、その存在抜きにこのような映画は作られないであろうかとその頃はいつも思っていました。こんな壮大なテーマに愛とかロマンスとかは必要がないと思っていたからです。日本が沈没するのです。そんなことを描く時間があるのなら、日本人がどうやって行くのかを知りたいものです。総理大臣役の丹波哲郎が涙をじわっと出す演技なんて何故か陳腐に思えて仕方なかったです。主人公の藤岡弘やいしだあゆみのドラマもどうでもよくて、なぜそんなドラマが必要かと思いました。でもそんなドラマやシチュエーションがないと映画としては成立しないもの確かなのですが、壮大な自然のドラマにはそれら全てどうでもよく思えてしまって仕方がなかったです。
  2時間をゆうに超える大作ですが、日本が完全に海中に沈没してしまうのですから何だか想像も出来ない映像でした。観ている観客はどんな気持ちだったのでしょうか。現実感など全くないことと思います。特撮物が得意な東宝ですが、日本だけ沈んでしまうなんてとても変な気がしました。だって他の国は全くどうもなっていないのだから、そんなバカなとも思いました。印象に残っているのは「日本は単一民族で他の民族と交わった事がないから、そのまま居なくなったほうが良いと」言った台詞があったような気がしましたが、そんなことはないと思いました。昔から日本人もシャムなど積極的に出て行っていたことを思いだしたからです。江戸時代の鎖国があったから日本人は閉鎖的と思いがちですが、昔から日本人も世界に出て行っていたのにと思ってしまいました。だからその台詞には違和感を持ちました。
  この「日本沈没」は長いこと日本の興行記録を持っていたはずです。確か正月映画として上映されましたが、広島では宝塚地下で公開されました。
posted by ヒロシ・マックイーン at 20:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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