2010年08月30日

社会人の時に観た映画1975年「祭りの準備」

  脚本家中島丈博の自伝的な映画です。監督は黒木和雄でした。
自伝ですので若き主人公のお話ですが、この題名もすごくインパクトがあり、人生まさに祭りだとうい感じだよく出ていました。
私が多分20歳の時に観た映画です。その頃の私とダブらせて観たことでしょう。これから祭りに向かう男の衝撃的な出来事が旅立ちの前に待っている。そして越えなくてはならないしがらみや別れを熱く、またシニカルに描いています。
  真面目に育った小さな町で暮らす主人公ですが、誰にも言えない大きな希望を持っています。それは人に話しても訳の訳の判らぬ突飛な望みです。身の回りは変な人ばかりです。傍若無人な若者や頭のおかしい祖父、息子を束縛する母親、優しい恋人はいますが、今イチ上手くいきません。自分のその周りに嫌気が差すのですが、それに振り回されている自分がいます。
信用金庫で宿直の時に恋人と過ごしているときに、間の悪いときに火事騒ぎを起こすし、人騒がせな隣人は事もあろうに泥棒をするときに殺人を犯すし、祖父は頭の弱い娘を胎まし、正気に戻った娘に振られついに首を吊ってしまいます。祭りに旅立つには、こんな過酷な事が待っているのでしょうか、必要なのでしょうか。正に「祭りの準備」です。
  私と同年代の話ですから、この映画は忘れられぬ映画の一本になりました。映画は荒削りですが、演じている俳優たちの熱演によりより深い印象を持ちました。特に売り出し中の原田芳雄の骨太のふてぶてしい演技にはまってしまいました。彼のこれより前の「赤い鳥逃げた」や「龍馬暗殺」でも印象深い演技を見せていましたが、この強烈な演技でますます彼らしさを発揮していました。
  主人公の江藤潤も悶々としたどこか頼りない、自信のない彼らしさがよく出ていました。壺を心得た演出というより、俳優たちの個性をそのまま引き出した演出だと思いました。
「祭りの準備」とはよくできた題名です。中島丈博のその後の活躍はご存じの通りですが、脚本家というのはこのような強烈な想い出が必要なのかも知れません。またそれより強い感受性を持ち合わせる必要がいるのかも知れません。
posted by ヒロシ・マックイーン at 10:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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