2010年08月23日

健康を取り戻すために

  久し振りにこの項を書きます。
近頃やたらに手紙を書きます。必要に迫れた訳ではないのですが、自然とペンを持ちます。
ある時はヨガで施術をしてもらう先生や、もずくを販売してもらう沖縄の人。
そして難病の会をお世話してる人など、お礼や疑問や色々手紙にしたためます。
これまで手紙などほとんど書いて事がなかった私ですが、不思議なことです。すらすらと文章が書けてしまいます。面白い現象です。
  体調は可もなく不可もなしですが、ちよっとふらつきが酷くなったかなぁと思う程度ですが、やはり、歩くのがしんどい事は確かです。その程度と書きましたが、ショックまではいきませんが、心配になることはあります。
こうして病気が進行していくのかなぁと思いますが、ヨガのコーチが言っていましたが、大脳だけでなく、小脳の細胞も代替してくれると話してくれました。
私はそれを信じ、自分の脳に呼びかけています。「小脳よ無くなった細胞の変わりを生きている細胞がしてくれ」と。そうすると気のせいか、何となくしゃっきとします。
病は気のせいではなく、現象であり真実ですが、気持ちの持ちようで気分も変わっていくものです。
それは決して逃避ではなく、かっこよく言えば、前向きに考える事だと思います。
  私は弁証法的唯物論者と自分では思っていますが、真実から目をそらすことではなく、事実から発した考えだと信じたい。
私の父親は薬害で苦しみました。内臓に腫瘍が出来たり、足に発疹が出来とても痛い思いを何十年としました。そしてベーチェット病とも診断され失明の危機もありました。
正に半生は病気との闘いでもあったと思っています。しかし父親は病気に決して負けませんでした。もう79歳になりました。
痛くて「もう足を切ってくれ」と思うことも多々あったようですが、決して弱気にならず、強い気持ちで病気に立ち向かいました。
それは驚くべき精神力だと思います。私もそんなDNAを受け継いでいるはずです。
こんな強い父親から生を受けたのですから、私も負けるわけにはいきません。
私は父親のように我慢強くはありませんが、痛みには弱いと思いますが、精神は強くありたいと思っています。
  何十億とある脳細胞をもっと活性化しないといけないと思うこの頃です。私の頭は決して良くはありませんが、近頃、減り萎縮する細胞より、残っている細胞を働かせたほうが良いに決まっています。その方法を見つけたいと思います。
posted by ヒロシ・マックイーン at 09:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月17日

社会人になって観た映画「新幹線大爆破」

 久方に観る大ドラマの大作でした。この作品は東映で作られたのですが、東映では珍しいやくざ映画ではない、しっかりとした見応えのあるドラマに仕上がっていました。
てっきり大ヒットすると思っていたのでが、期待に反して製作費回収が関の山のようでした。
これは後での話ですが、フランスで短縮版が公開され好評を博したそうです。
この映画のファンとしては短縮だとしてもフランスで受け入れられたのは良いことでした。
しかしこの映画の良さは多分短縮された部分だと思います。
 ドラマがしっかりしているからこそ爆破されるのか、否かがハラハラするのです。この脚本は社会性と共に人間性やモラルなど見応えあるシーンが沢山ありました。ちょっとやり過ぎの感もありましたが、先の韓国映画を思わせるような、これでもかというようなシュチュエーションが全編にちりばめられており、今の韓国映画やドラマはこの映画をヒントに作られたのではないかと思います。
まあ日本映画は昔はこのような映画が沢山作られていましたが、プログラムピクチャーや、粗製乱造のせいで、このような映画を久し振りに観たような気がします。
 主演は高倉健で、対する国鉄側は宇津井健でした。正に健さん対決です。様々な人間がこの物語に絡み、警察によって高飛びをしようとする高倉健を射殺するシーンで映画は終わります。
この頃はパニック映画というジャンルがあり、「ポセイドン・アドベンチャー」「タワーリング・インフェルノ」「大地震」等、続々とこういった類の映画が公開されヒットしていました。それを狙っての製作だったと思いますが、なかなかどうして、手の込んだ脚本でしっかりと演出で見事な作品に出来ていました。
 監督はやくざ映画を任されていた佐藤純弥です。この作品の好評振りからか、やたら大作を任されるようになります。
「人間の証明」「野生の証明」「おろしや国酔夢譚」「男たちのYAMATO」等の大作を次々作ります。
今や日本を代表する大監督になったみたいです。
そう言えばこの映画を観ていると、柴田連三郎の小説を思い出します。偶然やすれ違い、運命やどうしようもない定めや人間の醜さや勝手さを思い出します。その本来の力強さを日本人は忘れているようです。
さらりとした、今の映画のアクのなさ、人との絡みの少なさからは虚しさだけが最後に残り、空疎な感動のないドラマしか産まれないような気がします。今だからこそもっと突き詰めるような熱いドラマが産まれても良いような気がする。
この作品にはその強さがあった。
posted by ヒロシ・マックイーン at 11:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月14日

小学生の時に観た映画「座頭市海を渡る」

 私が小学5年生の時、親戚が大阪の我孫子という町に住んでました。
そこに夏休みに行った時に、観た映画が「座頭市海を渡る」でした。
何故この映画の事をここに書くことになったと言うと、Yahoo!の無料映画でこの作品を観ることが出来たからです。
1966年昭和41年の作品ですから、44年振りに観た作品です。どんな作品だったかは残念ながらほとんど覚えていません。しかし観た記憶はしっかり覚えています。
併映作は「大魔神怒る」だったと思います。我孫子大映でこの作品を観たのです。懐かしいというか、あの頃の想い出がフィード・バックしたみたいです。
Yahoo!を観ながら懐かしさと、記憶を辿りながらの1時間20分でした。やはり内容の記憶はほとんどありませんでしたが、部分的には覚えていました。安田道代が池で泳ぐシーンとか、居合いでスイカを切るシーンとかです。
そしてタイトルバックを観て驚きました。脚本にあの新道謙人の名があったからです。こういう娯楽作品でお金を作り、独立プロの作品を撮っていたのですね。ちょっと驚きですが、彼の脚本ですから一ひねりしてあります。
この作品では、善玉と悪玉に分けず、善玉も悪の顔を持っているということを表現しています。つまり、悪玉を斬るのは座頭市にまかせ、自分たちは知らんぷりを決め込み、のうのうと漁夫の利を得ようとしている百姓の姿を描きます。
それ以上は描いていませんでしたが、娯楽映画にこれ以上無理なのかもしれません。しかしもう一ひねりをして欲しかった気もします。
 ほとんど内容を覚えてなかった私ですが、こんなのも良いものです。またYahoo!でみつけたら観てみたいですね。
posted by ヒロシ・マックイーン at 19:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月09日

社会人になって観た映画「続・激突カージャック」

  この作品はたぶんスティーブン・スピルバーグの初劇場作品でした。
その前の「激突」という作品がありましたが、これはTV用に作った作品でありましたが、これは評判が良く劇場用に焼き直した物でした。
この作品が評判良かったもので、たぶん日本題名に「激突」を被せたのでしょう。内容は「激突」とは全く関係ないものでした。原題は」「シュガーランド特急」と記憶しています。このほうが良かったのに・・・。
しかし私はこの作品の出来映えが気に入り何度も劇場に足を運びました。主演のゴールデン・ホーンもおきゃんで元気な彼女の魅力たっぷりでした。
 内容は自分たちの過ちで里子に出された息子に夫を脱獄させて息子のいるシュガーランドに向かう話だが道中、警官を拉致しててんやわんやの大騒動になる話です。
騒ぎを無線で聞きつけたパトカーや報道陣や野次馬も巻き込んで喜劇じみてしまいますが、私は道中の面白さに引き込まれてしまいました。
延々と続くパトカーの数々。それは壮観な眺めでした。警察の責任者のベン・ジョンソンの意味深い演技、ゴールデン・ホーンの天衣無縫の演技ぶりに見とれてしまいます。まさに私はこんな映画を観たかったと思わせてくれました。
スピルバーグの演出は見事です。とても上手くまとめています。まだ20代だと思いましたが、この頃から非凡なものを見せていました。
 この作品の好調が、映画会社のお偉いさんを動かしたのか、「ジョーズ」「未知との遭遇」へと続き、ヒットメーカーとなり世界をリードする大監督に登り詰めます。まさにこの映画が転機になったと思います。
それほど見事な映画でした。
  この映画は実話を元に作られていました。映画は里子になっていましたが、実際は実母から息子に取り戻す話です。映画でも最後は警官に夫は撃ち殺されてしまいますが、実話でもそうだそうです。この最後はちょっとショックでした。何も殺さなくても良いと思ってしまいます。それだけ感情移入していました。
  いつだったか忘れましたがTVで放映されました。その時は観れませんでしたが、また機会があれば観たいものです。スピルバーグの実力を思い知りますよ。
posted by ヒロシ・マックイーン at 07:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月26日

社会人になって観た映画「サンダカン八番娼館 望郷」

  この作品は私に別な意味で戦争の悲劇を語ってくれた作品です。戦争と言えば戦闘シーンを思い浮かべますが、この作品は戦闘シーンは全く出てこないで、戦争によって青春を奪われ歪められてしまった人間の姿を描いています。
若い私には戦争と言えば悲惨な戦闘シーンしか知りませんが、それ以上に戦争に駆り出されて行った女性の悲劇が丁寧に描かれています。
  それは女性史家を通してからゆきさんという存在を描いた作品でした。
私は最初この作品があまり好きではありませんでした。若い私には重いし、やりきれない思いをしたからです。
そしてからゆきさんという存在も初めて知りましたし、戦争で翻弄される人間の姿にへえーと思うばかりで、その内容や意味さえ判っていなかったのです。
  初めて観てからこの映画は何故か観る機会が幾度とあり、数年後にようやくこの映画の重みを知ることになるのです。19歳では無理もありません、戦争を一面しか捉えていないのですから。昔のお話と言えばそれまでですが、当時そのような経験をした女性が幾人いたことでしょう。もしその時代に生まれていたらとか、そのような境涯になっていたらとかを考えるようになったからです。人の運、不運ではかたづけられない問題です。戦争を描かず、戦争の内部まで迫って来るのです。貧乏ゆえ海外まで売られていく少女達。それは死しても日本に背を向けて建って墓石が、それらの人々の心情を雄弁に語っています。
  しかし私にはどうも映画の語り口がしっくりこなくて途中ドキュメント風になったり、ドラマ風になったりと何となく入りきれない部分がありました。それは私の勝手な言い分で映画の評価とは異なりますが、キネマ旬報でも確か1位になりましたが、私的にはそんなに上位には入れなかったと思います。
それはそれとして今思うと、立派な映画だと思います。寡作な熊井啓監督が渾身の力を込めた力作だと言えます。戦争の、そして貧乏のゆえ、日本人の偏狭な考えを見事に語ってくれている名作だといえますが、ほとんど銀幕でリアルタイムで田中絹代を観た事がなかった私にはこの作品が最後となったと思います。この作品以後、田中絹代という大スターの作品を沢山観ましたが、正に日本人の体格を持った愛すべきスターだったことを知りました。相手役の栗原小巻も大変だったろうと思います。何をしてもこの小さな老婆に食われてしまいます。それも判る気もします。それから数年後田中絹代も結構若くして鬼籍に入ります。・
posted by ヒロシ・マックイーン at 16:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月16日

健康を取り戻すために「次女の出産U 」

 正に出産とは闘いです。TVや映画などでの出産シーンはよく描かれていますが、本当にここまで大変だとは思いませんでした。
こんな苦しみを30時間近くも持ちこたえるなど、男ができる芸当ではありません。
15日の夜中(3時半)の訪問でしたが、私は弁当の予約が入っていたので、明け方5時半頃には病院を出たのですが、奥さんは残しました。ブレット君だけでは大変だからと思ったからです。
ブレット君も丸2日寝ていません。奥さんも寝不足のようです。それより次女はもっとその数十倍大変です。
その痛がりようは凄まじいものです。私は一人で弁当の用意をしていますが、何となく落ち着きません。、ここで気をもんでも仕方がありません。本当に五体満足な子供が誕生するのだろうかと心配です。あまりこのような事は思ったことはなかったのですが、今回はちょっと心配でした。
と言うのも、次女が妊娠中に突然怒り出したり、感情をぶつける事がよくあったからです。次女の気性の荒さはよく判っているつもりですが、妊婦に感情の高ぶりはあまり良くはありません。しかし、親に対しては私からみれば甘えかも知れませんが、よく感情をぶつけていたからです。
あまりぶつからないように家でも会わないようにしていた気もします。しかし親です、やはり気はもみます。
 正午になっても分娩室にはまだ入っていないようです。何度も奥さんと連絡を取り合います。お昼を過ぎた頃電話が入り、点滴をして出産を促すようです。私も2時前には店を閉めて、病院に行きました。着いた頃には分娩室に入っており、もうすぐ出産ですよと言われました。入られますかと言われたのですが、「いやここで待ってます」と言って暫く待合いで待っていました。何となく分娩室前に行くと先生が着替えておられ、部屋のドアも開いていました。奥さんやブレット君の顔もほころんでいます。私も涙顔になり、喜びが湧いてきました。どうやら無事五体満足に産まれていたようです。次女の痛いと言う元気な声も聞こえてきました。それでああ、やっと終わったと思えたのです。
私も数分遅れのご対面です。色も白く、鼻もでかく、指も長く、ハーフの感じです。明らかに日本人の赤ちゃんとは違ってみえました。
 何はともあれ、永い出産劇は終わりました。次女もさっきまでの陣痛はどこえやらと、いつもの元気さを取り戻しているようです。声で判ります。
ブレット君はビデオで出産シーンを撮っていたようですが、私は見る気にはなれません。まあとにかく無事産まれてホッとです。これからがもっと大変ですが、夫婦で大切に育ててくれたらと思います。まあブレット君なら心配ありません。きっと立派なパパになることでしょう。ブレット君のご両親をみれば判ります。目一杯愛情を注がれて育ったに違いありません。
 あと少しでアメリカに帰るブレット君ですが、残された時間を大切に健斗君と接してもらたいと思います。そうです、名前は健斗に決まりました。私の親に観てもらったのですが、字画もバッチリのようです。日本名でも英語名でも両方使えます。早速、アメリカの母親に聞くと賛成してくれたようです。
健斗、良い名前です。
                     終わり
posted by ヒロシ・マックイーン at 22:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

健康を取り戻すために

 永いことこのブログを書いていなかった。
映画のことはいくらでも書けるけど、その時間がなかなか取れないのが今日この頃です。
それも休憩時間、ブレイン・ヨガにいってますし、飯室まで接骨院も行っています。それでたっぷり3時間を要します。以前は朝にブログを書いていましたが、ブレイン・ヨガを早朝起きて1時間しています。そのせいか、お昼や夜には眠たくて仕方がありません。困ったものです。仕事で忙しいのなら良いのですが、前ならしなくてもよかった事をしている毎日、そして食事対策と体質改善。時間も掛かるし、お金も要ります。
これも私の不徳がなす事でしょうから仕方がありません。自業自得ということですかね。
 

 昨日、4人目の孫が産まれました。元気な男の子でほっとしています。次女の初出産でした。もう大変でした。14日の午前4時頃に陣痛が5分間隔になったというので、病院に行きました。部屋には、陣痛の時間経過が紙に書かれていました。と言うのも前日の夜からその兆候が現れ、ブレット君が陣痛の時間を克明に記入していたのです。と言うことは13日から寝ないで次女の世話をしていたことになります。ちょっと驚きました。
 それから後が大変でした。私たちも仕事が済んで14日の夜9時に病院に駆けつけました。そしたら次女は疲れ切った顔で痛みにふうふう云ってます。陣痛の痛みに耐えているのですが、産道がまだ開いていないということで分娩室には入れません。暫く様子みているのです。
その間婿殿は次女の身体をさすっているのですが、私はそんな妊婦の姿を初めて見ました。私にも3人の子供がいるのですが、ほとんど奥さんに任せっぱなしでそんな事をした覚えはありません。
奥さんの出産は割と楽そうで時間もそんなに掛かりませんでした。それでも大変だったと思いますが、20年、30年前の話で、忘れています。
それが出産を間近に控えた妊婦を間近に、こんなに苦しむ姿を見たのは初めてです。辛そうで見ていられません。その後、家に帰ってもおちおち寝ていられません。夜中の3時に目が覚めて奥さんを起こし病院に行くことにしました。
  次女はまだ苦しんでいます。婿殿はその間ずっと付き添い身体をさすっています。その時間24時間に及んでいます。陣痛がきてから2日に及んでいます。私はもうビックリです。次女も陣痛の痛みに耐えていますが、付き添っている婿殿にもちょっと驚きでした。私には経験がない事だったからです。ブレット君いわく、次女こそ陣痛によく耐えていると言っています。次女は身体が震え、苦痛に顔をしかめています。足はけいれんのように震えてぶるぶる小刻みに動いています。時々看護師の女性が様子を見に来ますが、産道がまだ数pしか開いていないそうで、まだ数時間かかるそうです。この状態がまだ続くのかと思うと、意気地のない私にはこの場にはおられませんでした。
                            続く  
posted by ヒロシ・マックイーン at 08:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月28日

社会人になって観た映画「仁義なき戦い」

 この作品はシリーズ化され全部で5本作られました。
どの映画もそうですが、ヒットしないと連作にはなりません。この映画は広島が舞台ということもあり、実録ものということもあり、大ヒットしました。確かお正月映画だと記憶していますが、たぶんオールナイトで観ましたが、観客で映画館は満杯状態だったのを覚えています。
 この作品の前に監督の深作欽二は「人斬り与太」という現代やくざの傑作を撮っています。この映画の主演も菅原文太で撮られましたが、息はぴったり、あの作品があったから、この「仁義なき戦い」シリーズも生まれたといえます。
 あの独特な音楽と実録シリーズという実在した人物を描いてあるということもあり、あっと言う間に5本も製作されました。いずれも甲乙つけがたい傑作に仕上がっていましたが、私のベスト作品は2作目の「広島死闘編」です。「仁義なき戦い」シリーズはいわゆる群衆劇ですが、仁義に名を借りた、裏切りと人間のしがらみを描いています。こんな面倒くさい世界ならいっそまともな一般社会のほうがよっぽど生きやすい世界だとつくづく思いました。それほど難しい世界です。しかしこの「広島死闘編」は登場人物も限られており、一人の無鉄砲な若者を通してやくざの悲しい世界を描いています。そのもう一方が現代やくざ「人斬り与太」です。私はこの映画を見終えて、足ががくがく震えながら映画館を出たのを覚えています。それほど強烈な映画でした。この2本が現代やくざ映画の双璧ですが、私はやくざ映画をこれまでごまんと観ましたが、東映のやくざ映画も現代シリーズになってやっと終焉に向かって進んでいきます。その一つのエポック的な作品群になりました。
 その後も「新仁義なき戦い」なども製作されましたが、この映画を超える物は現れませんでした。難と言えば役柄が多すぎたり、しがらみが難し過ぎてよく理解出来なかったり、死んだ役者が役柄を変えて何度も出たり、色々難点も多々見られましたが、充分群衆劇として楽しみました。
 まだ2番館、3番館があった時代です。東映やくざはそれからも随分観ましたが、60年代の鶴田浩二、高倉健、そして70年代の菅原文太などがスクリーンを賑やかしました。やくざの世界ももう一つの世界です。人間が生み出したもう一つの別な世界です。その人間模様をつぶさに観ることができました。 
posted by ヒロシ・マックイーン at 22:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月26日

健康を取り戻すために

  私の体が変化しています。まず一番は体重の変化です。昔ながらの食事に変えてから、みるみる体重が減りました。
完全玄米食にして、肉類は一切止めて魚に変えました。もずくを一日300t飲んで、野菜中心の食事にしています。一週間で7キロも体重が減りました。
そして毎月一回の断食で、今は60キロです。ちょっと減りすぎたので血液検査をしてもらいましたが、正常値内でどこも異常はなかったようです。まずは一安心ですが、これ以上の減少はさけたいものです。
ダイエットなら私に聞いてください。健康に確実に体重が減少しますよ。私が証人です、間違いありません。。
  病気のせいで体のふらつきと低体温、低血圧、足の冷え以外は今のところ症状はありませんが、この体重では体力が心配です。もっと筋力をつけたいと思っています。
 先日、手首で計測する血圧計を買いました。毎日それで計測しています。今の私の血圧はちょっと低めです。だいたい上が107前後です。下が65から70の間です。少し前まで120から130の間で血圧など問題がなかったのですが、今は私のなかではちょっと問題です。この病気の特徴でもある、低血圧、低体温がしっかり出ているからです。
  通っている整骨院ですが、私を一目見るなり体の冷えを指摘されました。この世界によると全ては血の流れが病気を引き起こしているそうです。私も血の流れが悪いと言われて今その施術をしてもらっています。やはり医院に行った後は明らかに視界も明るいですし、ふらつきも改善されます。少しずつですが、体が変わってきていると思っています。
でもいつまでそれが掛かるのかは判りません。それが一番の問題です。もっと早く体が改善して欲しいものです。
  体重の減少のせいか、力が弱くなりました。とても大人の体には見えません。ちょっと情けないですが、ダンベルなどをして筋力をつけたいと思います。
  今行っているブレイン・ヨガですが、そこでもインストラクターの先生から骨を強くしなさいと言われます。首振り運動に至るまで色んな運動や呼吸法をしますが、私の体も少しずつではありますが、力がついているように思います。この運動は今までの私だったら何てことない運動でしたが、今の私はついて行くのがやっとの有様です。情けないことこの上ないですが、私の実態なのですから仕方ありません。でも先生は「大丈夫、あせらずじっくりとし取り組んで行きましょう」と励ましてくれます。「そうだと」気を持ち直しますが、なかなか受け入れがたい自分がいることも確かです。変なプライドより、目の前の目標です。着実に力をつけていきたいものです。
  奥さんも色んな本を読んでいます。健康についてこれまでそんなに考えていませんでいたが、食事や健康に関することについて敏感になっています。私の事もありますが、まずは自分の体をいたわって欲しいものです。小さな体でよく動き、仕事をします、ありがたいことです。
  しかし健康を気にする年代になったのだとつくづく思います。健康になるためにもお金が必要ですね。ちょっと寂しい気がします。
posted by ヒロシ・マックイーン at 07:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月16日

社会人になって観た映画「青春の門」

  ひさびさにメガホンを撮った浦山桐朗監督の大作です。
信介も織江も新人が起用されました。田中健と大竹しのぶですが、その後の活躍をみると浦山監督の眼力は大したものだと思います。特に大竹しのぶはめきめき実力を着け、押しも押されぬ演技派女優になりました。あの芋っぽい彼女からここまで成長するとは判らないものです。
  この作品も映画化前に原作を読んでいました。その頃は五木寛之のちょっとしたブームでして、私も彼の作品はよく読んでいました。
また、この作品の母体となったのが、尾崎史郎の「人生劇場」です。私はこの大長編小説が好きで、残念ながら「青春の門」は、この作品には及ばないと密かに思っていました。
19歳の時に読んだ「人生劇場」は私のバイブルのような存在になりました。ちっともかっこよくない青成瓢吉ですが、地面に這い蹲って生きている瓢吉に何故か感情移入したのです。いつかまたこの小説を読んでみたいものです。35年以上経ってどう感じるのか、楽しみです。
  「青春の門」ですが、部分的には良くできている作品ですが、つなげるとどうもしっくりと来ませんでした。大作で見応え充分ですが、何故かかっこ良すぎるのです。かっこよいと言うか、やり過ぎという感じです。映像での表現は大げさではないのですが、たぶん原作の影響か、五木寛之の資質のせいかも知れません。どうも気になりました。その後第二部も作られるのですが、その印象は今でも変わっていないと思います。
  「人生劇場」も何度も映画化されますが、青春編などは映像化されず、やくざシーンのある、残俠編ばかり映画になりました。青春編から観たいものです。
  「青春の門」もそれから自立編や放浪編など全8巻に書き上げられた超大作になったようですが、私は読んではいません。映画も自立編止まりになっているようです。映画化は難しいのでしょうか。
posted by ヒロシ・マックイーン at 22:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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