2010年06月09日

健康を取り戻すために

  昨日、神戸から私のお見舞いに長女の義理父、母が来広された。ありがたいことだ。
私はこの夫婦が大好きである。とても優しくて暖かいご夫婦で、合う度に気持ち良く楽しい気分になるのです。
久し振りに我が家の来てもらい、心ばかしの料理を食べてもらった。
奥さんからは広島風お好み焼きが食べたいと言われ、ちょっと小さめのお好み焼きもホットプレートで作ってみたのだが、美味しいと言って食べられました。
  私の両親も来てもらい、次女夫婦も一緒に楽しい語らいのひとときを過ごすことができました。
私たちの孫のあかりちゃんともスカイプで話すというか、ネット上で見ることができました。近頃の便利さも味わうことも出来るという、思いがけないおまけまでありました。
  私の病気のことでわざわざ広島まで来て貰い本当に恐縮です。病気に負けないようにもっと頑張ろうという気持ちになったのは勿論でした。
神戸のお父さん、お母さんも生活には色々変化があるようで、大変なこともあるようです。
でもしっかり足に地をつけて生活を送っておられます。いつか時間を作って一緒に小旅行でもしたいものです。
  
  毎朝、散歩をしていると、毎朝畑を作業されている年配の男性がおられます。
まだ愛犬が生きているとき散歩中お見かけしていて、軽く挨拶をするくらいでした。
しかし今日は何故か声をかける気になり、「これは無農薬で作物を作っておられるのですか」と声をかけてみた。
そうすると「家族だけで食べているのでそうです」と答えられました。「私は脳の病気で無農薬の野菜が必要なので、お金を支払いますので、少し分けてもらいませんか?」というと「いやお金はいいですから、これを食べてください」とサニーレタスをくださいました。
突然声をかけたにも関わらず、見も知らない人間に大事に育てた作物を分けてくださり、本当にありがたい話です。
「今は、出来たものも少ないので、また声を掛けてください」とも言われました。
人の暖かい気持ちが身にしみました。私がこんな病気になったことで、今まで見過ごしていたことや、感じなかったことなど、多々あるような気がします。
  これからももっと多くのことを思い感じる事でしょう。人の温かさをより一層感じながら生きていきたいと思います。

もう一度心を洗い直さないといけないと思った朝でした。
posted by ヒロシ・マックイーン at 08:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月30日

健康を取り戻すために

  先日、と言っても25日の火曜日ですが、通っているブレイン・ヨガで全国を回っている愛先生という方の診察を受けることにした。その方は針などを中心に体を整えていくのが仕事のようで、私もその愛 さんの診察を楽しみにしていた。
  愛さんは、若い女性でとても可愛らしく、チャーミングという形容がぴったりでした。朝10時からの診察でしたが、とてもリラックスした雰囲気を作ってくださり、気持ちを楽にして、病気のことを話したのです。
話すと何故か自然と涙が出てきて、暫く話すことが出来なくなったのですが、優しく見守ってくれて、とても何だか癒されたのです。女性の対面で涙など見せたくないものだが、感情が高ぶったワケもないのに不思議ととめどもなく涙が出てくるのです。これではいけないと気を取り戻し素直な気持ちで(もともと素直な性格ですが!?)時間を過ごすことで出来ました。
 色々話をしてもらったのですが、あまり心配せずに楽な気持ちで日々を過ごして、あまり情報を頭に入れずに筋力強化を中心に過ごして欲しいと言われました。その事は私も気にはしていたのですが、やはりどこか焦りのようなものが、あったのかも知れません。
 その直後から呼吸がとても楽になったのです。以前だと息がどこか最後まで吸えなくて詰まっているような感覚があったのですが、空気の最後の一息まで吸えるような感覚があったのです。深呼吸とはこんな事かと改めて思いました。
 今まで漠然と思っていた不安や恐れが、愛先生の対応でとても気持ちが楽になりました。診察は1時間半以上にも及びましたが、私には至福の時間となりました。こんな気持ちと感覚は初めてかも知れません。
 またこの機会があるのならもう一度受けたいものです。相手が女性ということがあったのかも知れませんが、それ以上にこの癒しの感覚は不思議なものです。彼女が様々な事を体験し、学んだ事が体現されているのでしょう。
 私の頭の中は伺い知ることは出来ませんが、ふらつきは止まったようには思えませんが、愛先生いわく「誰でも年齢を重ねれば少しは体の変調はあるものです。でもあまり深刻に考え過ぎは良くはありません。あなたのように直そうとする気持ちがとても大切です」と言われました。
 それはみんなに言われていることですが、そうだと思い直し、肩を張らずに頑張ろうと思いました。次回お会いする時は、病状が進んでいないようにしたいとものです。   
posted by ヒロシ・マックイーン at 08:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月24日

社会人になって観た映画「砂の器」

  この作品は松竹映画ですから封切りは「松竹東洋座」でまず上映されたはずですが、私は「スカラ座」で観た記憶が鮮明に残っています。だから封切りで観ていないのかも知れません。
  しかしこの作品はそれから何度も観ることになります。DVDでも観た記憶もあるくらいですから、よほど出来が良かったのでしょう。それ程価値がある作品だと思います。
  今更ながら、この映画について述べることはありませんが、映画は原作を遙かに超えて日本の映画史にも残る作品になったと言えます。
原作も結構長編で、私はこの映画が出来る前に読んでいましたが、映画の主題のひとつである、親子の情愛のシーンはほとんど書かれてはいませんでした。私には記憶にありませんでした。
しかし映画ではそこにスポットを当てて、切っても切れない親子の絆を主題にして描き込まれていたのです。
脚本は橋本忍と山田洋次です。この偉大な二人の脚本家によって、単なるサスペンス映画が人間の奥深い心のひだまで迫っていました。これは特筆すべき脚本でと言えます。
友人が言っていましたが、橋本忍が「この映画はこのたった数行の放浪の文を映画の主題に置こう」と言ったそうだと語ってくれたことがあります。そこを縦糸に彼の犯行が行われていくのです。
  ハンセン病という病気は小学生の時に担任の先生がその病気や隔離した島があることを教えて貰った事を覚えていましたから、原作や映画を観たとき深く心に残ったことを覚えています。
だからこの映画は余計に心に響いたのだと思います。
私はこのハンセン病という病気について詳しくは調べませんでしたが、そのずっと後にこの病気の誤った偏見と差別によって患者の生命と尊厳を奪った歴史が作られました。
やっと国家は謝罪しましたが、多くの人たちがその犠牲になったことを知りました。
  映画では最後にこの病気のことを文字にして流していましたが、その時点ではまだこうした歴史が続いていたのです。そのことを深く反省すべきだと思います。
  映画は不満な所もありました。血のついたシャツを夜汽車でばらまくシーンなどは、原作でもありますがちょっと考えられない事です。それで事件は大きく進展するのですから。
それに伊勢に手がかりを探るシーンも少し無理があるような気がしましたが、やはりそんな事を凌駕する親子の放浪シーンは圧巻でした。
映画はそのシーンを迎えるとがらりと変わります。その圧倒的な情愛で観ている私たちの琴線を揺さぶるのです。
  ともあれこの映画を書けば止まらなくなりますが、野村芳太郎監督のベスト作品になると思います。
  その後、幾度かこの原作はドラマ化されましたが、この作品に勝るものは表れませんでした。
posted by ヒロシ・マックイーン at 17:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月23日

健康を取り戻すために

  近頃、ふらつきが酷くなりました。症状としてはまだまだ序の口だと思いますが、毎朝、散歩をするのがちょっと辛い気がします。このふらつきを認識するのが辛いのです。この辺りは坂が多いので運動にはなるのですが、下り坂のほうが怖い気持ちになります。足がスムーズに出ないのです。
  毎朝、ヨガ体操をして首振りを10分ほどして、散歩を30分します。しかし、以前にも増して真っ直ぐ歩けないのです。これは判っていたことですが、ここ数日は足に力が入りにくく、歩いていてもふわふわした感覚です。困ったものです。
  今は週に3回くらいのILUCHIヨガ体操と、最近行き始めた接骨、整体医院。体質改善の食事制限ともずくです。それぞれ成果は出ていると思いますがが、私の脳に届いているかは、正直判りません。どっちにしてもやり始めてまだ僅かな期間ですので、そんなに早く成果が出るとは思えませんが、少しでも早く効いて欲しいのが本音です。
  奥さんには大変迷惑をかけていますが、申し訳ない気持ちでいっぱいです。子育ても終えて、商売もやっと目鼻がたった頃に、こんな病気になってしまってしまって私としても奥さんにしてもやりきれません。愚痴を言っても仕方ありませんが、私を叱咤激励してくれています。奥さんや心配をかけている人たちの為にも、早く何とかしたいものです。
  そう言えば、先日「広島ひまわりの会」という団体に入会しました。年会費を納入したら、事務局のOさんから、いつかお会いできたらと書かれてあったので、お言葉に甘えて整体の帰りに早速お家に立ち寄らせて頂きました。
Oさんはもう80歳を超えられたご高齢にも関わらず、とてもお元気で今も会の中心メンバーとして色々活動をされています。そして病気のお話を聞かせてもらいました。
この「ひまわりの会」と言うのは、全国各地にあり、この病気のなられた患者の方が作られた会です。定期的に会報も出され、親睦や情報交換もされているようです。ひとりぼっちでは寂しく、悲しいものです。こうした人の会があれば力づけられますし、色々お話も聞けると思ったからです。
Oさんは人物、人柄もたいしたもので、役員なども多くなされ、またご苦労もされておられたようです。私には大変有り難いお話などを多く聞かせてもらいました。私も微力ながら会のお力になれたらと思いました。
  詳しくはまた次の機会に書くことにしますが、今やっていることが少しでも早く効くように願っています。またその努力は惜しまないようにしたいと思っています。
  しかし、このパソコンのキーボードも近頃隣のキーやよく一緒に叩くことがあります。気のせいかちょっと遅くなったような気もします。思い過ごしだと良いのですが・・・。
posted by ヒロシ・マックイーン at 21:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月20日

健康を取り戻すために

  先日から安佐北区の飯室に通っています。
と言うのも、整体師の卵である甥っ子に紹介されてここの治療院に通うようにしたのです。
甥っ子に、あるホームページを教えて、この病気を治療している整体師の事を話しました。
そこに通うのは隣の県なので仕事も休めないし、無理だから、どこか近くで知らないかと言うようなことを話したのです。
彼も一生懸命探してくれたようです。
学校に通っている同級生の親が整体師をしていて、独自の治療をしているから、行ってみたらという話になったのです。
矢野から飯室はちょっと遠いですが、通えない場所ではありません。車で1時間ちょっとです。
頑張って行くことにしました。と言うかどんな治療をするのか、行かないとわかりません。
  そしたら、とても歯切れが良く、きっぱりとした先生でとても気持ちよく治療をしてもらいました。
これなら少々遠くても行きがいがあると思ったのです。
今日で2回目ですが、たっぷりと1時間もかけて治療を受けました。
アシスタントの青年(お弟子さんでしょう)も気持ちよい対応で、この病気や治療について色々話すことが出来ました。
週に2回通うことになりました。保険は利きませんが、とても良心的な治療費で診て貰うことができるようです。とても感謝しています。
治療後はとても気持ちが良く、頭がスッキリしています。そう簡単には治るとは思いませんが、暫くの間は以前のような頭の状態でした。
少しでもこの状態が続けばと思いました。
色々先生から注意や生活態度や食事の事などを聞いて、今やっている事に間違いがなかったと思った次第です。
少し自信になったようです。
でも当分ここにも通うようです。頑張ってみます。
 詳しいことはまた別に書きます。
posted by ヒロシ・マックイーン at 21:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月18日

健康を取り戻すために

  日々、人の心の温かさに触れていますが、今日もそのことを実感させてもらいました。
  私たちは生活の糧を働くことで得ていますが、それは人間の生活に直接に関わり、感謝される労働だとその意味はもっと増幅されます。
そんな労働だと働きがいもあるし、報われる事だと思います。
それは人によって違ってくるでしょうし、これだとはっきり言えるものでもありません。
私の病気で多くの人を煩わし、また迷惑、心配をかけています。
今日はその人の心ねに打たれてしまいました。
 今、通っているヨガ教室でも、今日初めて行った整体でも、私たちのような患者さんが作っている会をお世話しておられる人からも感じました。
皆さん、一生懸命他人の事ながら仕事、またはボランティアとはいえ考えてくれています。
それが生業といえども、その懸命さには頭が下がります。
仕事と言ってしまえばそれで終わりですが、どんな商売や仕事でも一緒ですが、人に感謝される仕事や働きぶりは良いものです。
直ぐ効果があったり、結果が出るものばかりではありません。
そうでない方が多いでしょう。
しかしそれに向かって一生懸命努力する姿や姿勢はなりより大切であり、心に響きます。
今日お会いした皆さんは私の心にずしんと響きました。
だから今日はとても気持ちの良い日になりました。
この病気はとても大変だけど、奥さんの励ましも重なって、もっと頑張ろうと心奮い立たさせてもらえる日でした。
そのお手伝いをする仕事はとても良い仕事だと感じた次第です。

posted by ヒロシ・マックイーン at 21:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月14日

社会人になって観た映画「燃えよドラゴン」

  この作品は確かお正月の映画だから、広島ではリッツ劇場で公開されました。
私の記憶がはっきりせず、観た時期もはっきりしていません。
何故か高校3年生の時に観た記憶もあるのですが、1973年の12月の公開だから社会人の時に観たのだと思います。
この頃になると結構記憶もあてになりません。
  映画はすこぶる面白くて、ブルース・リーの魅力満載でした。
このあと彼の作品が続々公開されるのですが、もはや彼はこの世にいなく、死して映画が公開されるという事態になっていきます。
惜しい人物を亡くしたものですが、このほうがむしろ伝説になったので映画史には残ったことになったのでしょう。
変な言い方ですが、もしブルース・リーが生きていたら、これからどのような映画を残していったのでしょうか。ちょっと想像が出来ません。
  あの「アッチョー」というかけ声は流行になり、TVをつければ誰もが真似をしていましたが、ジャッキー・チェンの出現でしばらくは空手、カンフー映画が続きましたが、彼がこのブームの先駆けになったことは間違いありません。
そう言った意味では映画史に残る素晴らしい俳優だったのでしょう。
  映画は単純明快に出来ており、勧善懲悪形で最後は正義が勝つというパターンで迷いなく見せてくれます。
カンフー映画の魅力を最初から最後までたっぷりと詰め込んであり、世の男性陣が参ってしまうのも判るような気がします。
この時ヌンチャクなる武器を初めて目にしましたし、使い方なども目にしたのも勿論初めてです。しかしかっこ良かったなぁ、ブルース・リーは。
  それにスティーブ・マックィーンの先生だったのも気に入りました。
ハリウッドでも有名人だったのですね彼は。
それに音楽もあの「ブリット」のラロ・シフリンが担当しており、めっちゃかっこ良かったです。はい!
posted by ヒロシ・マックイーン at 17:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月11日

社会人になって観た映画「追憶」

  この映画のヒット以来だと思いますがやたら二文字の邦題が付けられたと思います。
題名は忘れましたが、その後な邦題は「追」だらけです。「追」や「愛」を付ければヒットすると思えたのかもしれません。
それにこの映画の音楽もやたらヒットしました。この頃は映画音楽というジャンルがあり、それだけで番組ができました。
オールドファンは映画音楽に聴き惚れ、映画と音楽、それと自分の想い出を組み合わせて思いに浸ったものです。私もその年代に思いっきり突っ込んだと思います。
この音楽も題名にぴったりので、すっかりスタンダードになったと言えます。バーバラ・ストライサンドの歌声も哀愁を帯び、情感たっぷりでそれは見事だと思います。
私は彼女は高校生の時に観た、「ハロー・ドーリ−」が初めて知ったのですが、あの大きな口と鼻にはちょっとついていけませんでした。と言うよりか、はっきり言って好きになれませんでした。
彼女がアメリカでは大スターでどんなに人気があろうと日本人好み、いや私好みではないと思っていたからです。
しかしこの作品で彼女の評価は180度転換したと思います。とてもチャーミングで可愛く、また芯のある女性像を作り上げていたからです。
たぶん色々意見はあるでしょうが、彼女のようにしっかり自分の意見を持って真っ直ぐ生きていきたいと思った女性もたくさんいたことでしょう。それほど女性にとって魅力的だったと思われます。
古今東西を問わず、女性の生き方はそれほど男性にとって変化していないことを表現しています。
ラスト近くレッドフォードがストライサンドを見つめる目はその勇気と憧憬と畏敬の念を込めていたと思います。
とかく今でも女性の生き方は問われたり言われていますが、昔からそんなに変化はしていないお話だとも言えます。男性はそれほど進歩していないものですね。そして女性も精神的には進歩してはいません。人間の社会は進歩というのは難しいものです。
 レッドフォードはますます絶好調になり、大スターの道まっしぐらですが、彼はスターの道より映画界を引っ張る重要人になったような気がします。
その後アカデミー監督や作品を発表します。
そしてサンダンス映画祭を設立するなど映画界をリードする人物になるのですが、この頃は正当派の美男子で通っていました。ストライサンドとは全く正反対な組み合わせが今思えば面白かったとも言えます。
 映画の細かな筋立ては覚えてはいませんが、とても印象に残った作品ではあります。
posted by ヒロシ・マックイーン at 09:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月07日

健康を取り戻すために

 今の私の生活は、この題目通りまさに健康を取り戻すため一辺倒です。
私の生活はそれの為にあるみたいです。奥さんもそれに協力してくれています。
それが適正であるかは色々問題があるかも知れませんが、仕方がありません。
寝たきりの生活はまっぴらご免です。
そのようになるのは時間がかかると言われていますが、私の場合はそうでもないようです。
結構進行が早いと思われます。
どっちにしても何とか脳細胞が減少するのをくい止めたいものです。
絶対何かあるはずです。
それを信じて生活をしているのですが、時々こんな事をしていて本当に効くのだろうかも弱気に思うこともあります。
人にこのことを話していると、何でこんなことになったのだろうと気持ちが高ぶり、どうしようもなく感情を押さえきれない時があります。
しかし、直ぐ思い直します。
愚痴っても仕方がない、人生の試練だと思って立ち向かうしかないと・・・。
  先日連休が始まっての5月2日,3日に、もずく断食をしました。
2日の朝はいつもの通り食事を取るのですが、4日の朝までの5食を抜く断食です。
もずくは毎食150ccずつ食します。
あとはお茶のみです。
水分をばかばか摂ります。
ですからこの2日はほとんど家から出ず、じっと大人しくしていました。
しかし食絶ちというのは辛いものです。
やはりお腹は空きますが、我慢しかありません。
何度もお腹が鳴るのを聞きました。
しかし2日経つのも結構早いものですが、あまりストレスは感じていませんでした。
今回で2度目ですが、ちょっと楽しみでもあります。
自分がどう対応し我慢出来るのかと思うからです。
  4日の朝から仲間と小旅行です。美味しい地物の魚が食べられるはずです。
管理先に「地物の魚だけでお願いします」と注文しておいたからです。
期待に違わず良い魚が揃っていました。
そこは料理はしてくれません。
全て自分たちで調理をするのですが、仲間に魚を刺身に見事にさばいてくれる人がいます。
鯛、タコを刺身、カルパッチョにしました。
桜鯛が10枚以上、そして大きなタコ、見事なメバル、これも15匹以上いました。
大きなメバルはメバルご飯にしました。
そして沢山のサザエです。
これも刺身と壺焼きです。
小さめの鯛とメバルは塩焼きとムニエルにしました。
この料理は私の今の食生活に合わせてもらいました。
今回の料理は私の毎日の料理方法にしてもらったのです。
ですから食材や調味料は全て健康食材、食品です。結構高いものにつきました。塩は現地で姫ひじき塩を体験づくりで手に入れることができます。
油はエキストラ・バージンオリーブオイルです。
胡椒、醤油、酢も昔ながらの製法で作ったもので、防腐剤や余計な物は入っていません。豆腐、野菜、果物、コメ、等全て健康食品でした。ですから料理もとてもシンプルでした。
甘いものは一切ありません。
砂糖類は持って行きませんでしたから。
私は魚に大満足でした。
みんなはどうかは判りませんが、美味しく出来たと思っています。
こんな魚が1万円で注文出来るのならまたいつか機会を作って訪問したいものです。
  しかもこのコテージ梶ケ浜は贅沢な施設でした。
下蒲刈にこんな施設があるなんて思いもしませんでしたし、施設もほとんど活用されていないようです。
コテージ以外休眠状態みたいです。もったいないことこの上ない有様です。
コテージも使い勝手は色々奥さん達はあるようでしたが、綺麗に管理されておりそして囲炉裏もあって楽しく使用できました。
もっと広く知られ活用出来ないものかと思わずにいられませんでした。庭の松など何十万円もするものが所かまわず植えてあります。
トイレなど倉かと思うほど立派なものです。
何だか贅沢なものが作りっぱなしで放置して前政権や町の行政が界間みられました。
  話が脱線しましたが、苦しいあとには楽しい事が待っていると信じて健康を取り戻すために努力は惜しまない気でいます。これからもよろしく!
  5日の島巡りは奥さんのブログでどうぞ。
posted by ヒロシ・マックイーン at 07:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月03日

社会人の時に観た映画「男はつらいよ 私の寅さん」

  世界の長寿映画になった「男はつらいよ」シリーズですが、私がリアルタイムで観たのはたぶんこの作品だったような気がします。私がダイエーにアルバイトに行っていた頃、山田洋次監督の大ファンがいてよく「男はつらいよ」の話を聞いていました。その頃は高校生ですから、山田洋次と言われても全く知らなかったものですから、ふんふんと聞くだけです。しかし映画サークルに通い出してよく彼の名前を聞くようになりました。そして山田作品を初めて観たのが「霧の旗」でした。それに同時に「ふけば飛ぶよな男だが」です。特に「霧の旗」は凄まじく、あの迫力には圧倒されたのです。ですからそれ以後「男はつらいよシリーズ」は何本か観ていました。ただし、リアルタイムはこの作品が初めてだったのです。
  この作品は残念ながらそんなに記憶に残っていません。岸恵子が私はそんなに好きでなく、前年に公開された「約束」が評判良くて、期待通りの出来映えでしたが、昔のあの綺麗な岸恵子ではなく、おばさんのイメージが強く、そのくせあの声とのバランスがついていけず、どうも気になったのです。この寅さんもあの声を聞かされるのかとちょっと躊躇していたのですが、どうして「私の寅さん」ではとても明るい元気の良い役でそんなにあの声が気にならなかった記憶があります。戦後の大スターを声で判断されては堪らないですが、生理的な問題だから仕方がありません。津川雅彦が現れてお終いというパターンですが、随分と諦めが早いと言うか、引き際が潔いなと思いました。それはこれまでもありましたが、失恋もいやに早く方がつくなとも思った次第です。でも安心して映画を楽しめて、リラックスしてみられる映画はそうはありません。水戸黄門のように毎度のパターンが年に2回観ることになったのです。それ以後、「男はつらいよ」は全てリアルタイムで観ました。でもよく続いたものだなぁと感心します。
posted by ヒロシ・マックイーン at 16:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。