2010年04月29日

健康を取り戻すために 

  久し振りの更新です。前回も書きましたが、病名を載せるのはやめました。書くのも、言うのも嫌な病名です。だから健康を取り戻すためにというタイトルにします。私の病気のことを知り、多くの人が励ましてくれます。それに応えるべき、私も再び健康になるためにその努力はいといません。今、取り組んでいるのは「もずく」で体質を変えて細胞を元通りにすることです。その方は医者でも何でもありません。そのもずくを販売している人ですが、もずくの効用を信じてとにかく今出来ることをしています。しかし、もずくを飲み出し、100%玄米ご飯を食べ、砂糖を口にせず、有機野菜を食べています。動物性のタンパク質はいっさい食していません。その代わりに天然物の魚を食べています。天然物といったら高いイメージがありますが、そうでもありません。サバやイワシ、イカ、タコ、ハゲやタイ、などいくらでもあります。養殖のタイやハマチは食べません。配合飼料が問題だからです。この食生活を見直しただけで、みるみる体重が減っていきました。何度も書きましたが、1週間で7キロも減ったのです、最大9キロも体重が落ちた時もあります。体調は悪くはありません。しかし私の脳の中ではやはり細胞がなくなっているようです。以前にも増してふらつきがちょっとひどくなったようです。それにこの病気の特徴でもある、自律神経系統が悪くなっているような気もします。両足がとても熱く痺れたような感覚がいつもあります。私は手足が冷たいことは今までなかったのですが、足先が冷たく今でも湯たんぽは奥さんに頼んでふとんに入れてもらっています。もうすぐ5月というのに未だ湯たんぽが欠かせないのです。
  先日から脳を活性化するためにブレイン・ヨガに通っています。これも友人の薦めで通い始めました。軽い体操なのですが、脳細胞を刺激するそうです。これをするととても気持ちが良く、昨日は帰宅するとき初めてですが、清々しい気持ちになりました。頭がとてもすっきりしたのです。4回目の通所ですが、これまで以上の感覚がありました。私はこの体操を毎日朝早くしています。だいたい5時半に起きて約30分体操をしています。それも心配をかけている人々に何とか報いたいと思う一心からです。我ながらよく頑張れると思っています。たぶん私の人生のなかでこんなに頑張るのは初めてかも知れません。それこそ脳細胞が減るのが早いか、それを止めることが出来るかの競争です。友人によると減った脳細胞は再生することはないそうです。しかしその代わりに他の細胞がその機能を果たそうとするそうです。私の脳がどれだけ減少したかはお医者さんしかわかりませんが、とにかく今出来ることは一生懸命努力するつもりです。中には非科学的なことも聞きますが、元に戻るならそれもしたらと言われています。世の中にはそんなことも多々あることは知ってはいますが、やはりちょっと躊躇します。
 どっちにしてもちょっと宗教じみていると思われるかも知れませんが、その加減は判っているつもりです。決して宗教ではないと思っています。しかし人間にとって宗教も大切な要素だと思います。物事を信じることはとても尊い精神だと思います。中にはいかがわしいものもありますが、真面目に宗教に取り組んでおられる人が大方だと思います。その精神は学ぶべきことも多くあると思います。取りあえず色々やってみるつもりですが、自分というものをしっかり持ってそれに取り組むつもりです。
  で、今のところ友人達は「元気がいいじゃない」と言いますが、自分のことは自分が一番知っているともりです。体のふらつき加減や体調の変化、言葉の発し方など変化はしっかり認識できます。時間との勝負かも知れませんが、焦らず、急いで病気との闘いをするつもりです。
 来週はいつものメンバーで1泊旅行です、楽しみにしています。少しでも元気で過ごせたらと思っています。 
posted by ヒロシ・マックイーン at 08:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月20日

病名を書くのはもうやめた

  有り難くもない私の病名をここに書くのはもうやめにしました。この名は聞くもおぞましい感じが近頃したからです。一生この病名が私についてくると思うと嫌な気分です。心境としてはこの病気になったことを今も認めたくないという気持ちがあるのかも知れませんが、それ以上にこんなことで私の一生を縛られたくないのです。これからの事を想像するのも嫌になるからです。とにかくこれからの人生生きるだけ儲けと考え、前向きに生きていきたいからです。さりとてこれまで通り、飄々と生きていきたいとも考えていますが、出来るだけ今の生活を永く続けたいと思っているから、色んなことをやってみるのです。奥さんの書いているブログにも詳しい事が記されていますが、今日、脳を活性化する体操をしてみました。友人が勧めてくれたのですが、すんなりやってみようという気になりました。やはり寝たきりの生活は嫌です。少しでも可能性に臨んでみようという気持ちになりました。私の資力ではもずくや有機野菜などでもうギリギリですが、じたばたしようと思います。だからタイトルにこの病名を付けるのはやめました。今度は「私の生活」?とでもつけますか・・・・。
posted by ヒロシ・マックイーン at 21:02| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月19日

多系統萎縮症って事

  この病気の事を調べる度に辛くなってきます。全く出口が見えないからですが、今あるもずくを飲んで頑張っています。しかし、体質改善より先に脳細胞が少なくなっているのははっきり認識できるのも困ったものです。ちょっと前までは家の階段を手すりを持たなくても上り下り出来たのですが、今は持たないと怖い感じがします。それに自律神経が異常をきたしているのも近頃顕著になりました。以前も足が熱くなるのが判ったのですが、今はずうっと熱い感じです。首も痺れた感覚があります。とても怖くてじっとしていたら気が変になりそうですが、半分あきらめと負けないという気持ちの半々でいます。それと血圧が上が100前後になったことです。この病気は血圧が低くなるそうです。いよいよその症状が現れたかと思っていますが、朝早起きしたりめまいがするようなことはありません。ただ単に低いのです。これから色んな症状が出るのかもしれませんが、やはり不安でため息が出ます。こんなことを書いてもちっとも良い気分ではないですが、一応書き留めておこうと思ったのです。
  しかしもずくの成果もはっきり出ています。それは体重の変化です。前も書きましたが、ここ63〜65キロを維持しています。私は口内炎がひどくほとんど毎日出来ていました。それもとても大きくなるのです。しかし今は出来ても大きくはなりません。数はたくさん出来ても自然といつの間にかなくなっている気がします。このまま出来なくなってしまうなら良いのに思います。
  毎日毎日魚を食しています。よく自分でも魚と野菜ばかり食べているなと感心します。しかしその魚や野菜がとっても美味しく感じます。こんな気持ちで食するのは初めてです。今までは塩焼きでしたが今はオリーブオイルでじっくり焼いて食べるのに凝っています。魚の隅から隅まで食べ尽くします。おかげでだいぶ魚を食べるのが上手になったみたいです。沖縄のSさんも塩と友達になりなさいと言っておられましたが、今は砂糖類はいっさい摂らず、もっぱら塩と酢で食事をしています。沖縄の塩ですが、甘みがありとても美味しい塩です。もずくのパワーを信じて、そして応援してくれる友人やお客さんや勿論奥さんや両親や肉親のためにも病気とおっかけっこをしていこうと頑張っています。あと10日もすると2回目の絶食をしようと思っています。まだまだ緒についたばかりですが、いつかは良くなってやると思って毎日を送りたいと思います。
  そうそう、沖縄に住んでいる長女から便りが来ました。それも筆で書かれていました。ビックリするほど達筆です。思わず涙顔になってしまいました。おじいさん(私の父)に見せると良い字を書いていると喜んでいました。私も鼻が高いです。島で書道を教えたいと言っているので字が上手いのは当たり前ですが、でも大したものです。あまり子供を大ぴらに褒めたことがありませんが、この年になって親ばかです。
posted by ヒロシ・マックイーン at 17:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月16日

社会人になって観た映画「アメリカン・グラフティー」

  この映画はアメリカで大ヒットしました。低予算で作られ正にメガヒットしてジョージ・ルーカスの名を一躍有名にしました。製作にフランシス・フォード・コッポラも名を連ねています。私は当時そんなに気にとめてはいませんでしたが、どうもその雰囲気に馴染めず、そんなに大ヒットする映画には思えませんでしたし、騒ぐほどの感じには思えなかったのです。アメリカの人々のは想い出深い映画だと思いますが、私にはふーんという感じでした。思うと私の年代とはちょっとずれているのです。設定は1962年です。私は小学生2年生です。この頃の音楽は聴いたことはあるけど、想い出や懐かしさはまるっきりありません。またビートルズ世代でもありません。青春と呼べるのは1970年代からです。だからこの映画が公開されても映画から感銘を受けることはありませんでした。リチャード・ドレイシャスやロン・ハワード、またハリソン・フォードらもまだ若く、チンピラのような感じですが、この映画のせいか、あっと言う間に大スターの階段を上りました。
  映画も何ていうことなく、大したエピソードもなく(私の勝手な思いですが)印象深いシ−ンも覚えていませんでした。しかしこの映画の大ヒットであの「ビックウエンズディー」や「スタンバイ・ミー」も後に出来たし、このような懐古趣味の様な映画が沢山できたと思います。しかし私の中ではまあまあの出来映えしか思いませんでした。あしからず。
  しかし50ティーンズの感じのような音楽はむしろスタンダードになりました。今でもその頃の音楽は永遠に不滅ですな・・・。
posted by ヒロシ・マックイーン at 16:44| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月12日

社会人に観た映画「ゴルゴ13」

 当時、大人気だった(今でもビックコミックに連載中)劇画の映画化ですが、監督も佐藤純弥さん、主演も高倉健さん、海外オールロケの大作しした。当時ゴルゴ13のモデルは健さんだと言われていましたし、どんな映画になっているのかとても期待をした覚えがあります。しかしちょっとがっかりしたことだけは確かです。映画の内容は全く覚えていませんが、高倉健さんもゴルゴの感じではないなと思いました。人気漫画の映画化は今では珍しくありませんが、当時漫画の映画化などとはあまり記憶にありません。それも大スターが演じるなんて驚きでしたが、やはりはずれでした。ゴルゴの寡黙なところは健さんにはぴったりだと思ったのですが、ラブシーンも映画にはありました。健さんの照れくさそうな感じで見ちゃあおれませんでした。こんなシーンは要らないと思った次第です。
  今でもそうですが、アクション映画やスパイ映画などが日本で撮られますが、全くへたくそで、だめです。外国映画の真似をしてやたらコマ数を増やしたりしてテンポを上げてそれらしくしようとしますが、その効果が現れずやたら忙しいがさつな映画に仕上がってしまう傾向にあります。この映画は今の映画とは一線を画してじっくり撮ってあったと思いますが、これまた世界を股にした映画とも違って見えて、努力は買いますが似合わないと感じたのです。たしか中東イランが舞台だったと覚えていますが、漫画の世界と実写の世界が上手くマッチせず、おかしな映画だった記憶があります。
  佐藤純弥監督はこのあと「新幹線大爆破」や「人間の証明」「敦煌」「男たちの大和」などを撮る人気監督になります。これまではやくざ映画を撮ってきた東映の中堅監督でしたが、この作品以降、大作を任されるようになったようです。しかしこの作品は今ひとつでしたが、映画もそこそこヒットしたようです。千葉真一さんで2作目が出来ましたが観に行く気がしませんでした。
  このゴルゴ13は今でも連載が続いています。もう40年以上書かれていることになりますが、正に驚異的です。今日的な話題を盛り込んで描かれていますし、読んで飽きない面白い劇画ですごいの一言です。
posted by ヒロシ・マックイーン at 07:18| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月07日

多系統萎縮症との事

  昨日は大ごとをしてしまった。朝7時に止まっていた柱時計を動かそうとして椅子に上がりねじを巻いて針を直そうとしたときバランスを崩し倒れてしまったのです。そして頭で居間にある熱帯魚の入ったおおきなガラス鉢を割ってしまったのです。バランスを崩したまでは覚えているのですが、落ちる時は一瞬でよく覚えていません。健康ならその瞬間まで記憶していると思うのですが、今回(前回はバイクで転倒した時)も気がついたら鉢から水が流れていたのです。居間中が大洪水です。大きな音がしたのでしょう、ブレットも1階から上がってきました。奥さんも「どうしたの」と大騒ぎになったのです。とにかく水を何とかしないといけないのですが、ザーザーとみな流れてしまいました。2段下にあるダイニングのカーペットも水びたしです。風呂場にあるタオルを総動員して水を吸い取るのですが、居間の畳も水浸しになりました。もう年末にもしたことがない大掃除になっていまいました。私は断食中だったので力が出ません。ブレットがいてくれたので大いに助かりました。力仕事は彼に任せました。おかげで室内の大掃除になり、必要のないものは処分することになったのです。その役目は次女の担当です。テキパキと要らない物を聞いて分けていきます。床も乾きちょっと居間も様変わりしました。市内に出た時に熱帯魚の新しい鉢も購入しました。それも故買屋で良いもの(前より一回り小さい鉢で縁なしの分厚いガラス作りです)を手に入れて生きているグッピーを入れてやりました。やれやれです。私は頭にたんこぶを作ってしまいましたが、大して怪我もありませんでしたが、家族に大迷惑をかけてしまいました。これも病気のせいかも知れませんが、もっと注意して生活をしようと思ったしだいです。断食のせいか足がしっかりしません。車の運転も昨日は止めておきました。
  今日は丸二日間の断食明けです。私は当初三日間だと思っていたのですが、二日間でした。何だかあっと言う間の出来事です。そんなにお腹は空かなくて、別段食べ物を欲しいとはそんなに思わなかったからです。先日から事ある事に体重計に上がっていますが、先日も書いたようにみるみる体重が減っていきました。72キロから65キロまで1週間で減少したのです。たぶんアルコールを全く取らなくなったのと、食事だと思います。断食中は63キロ近くにもなりました。今日は65キロ近くに戻りましたが、私のベスト体重は65キロだと思っています。このあたりをキープしようと決意しました。おかげで履けなかったズボンがすっぽり楽に履けます。これは嬉しくなりました。私のダイエットはこんなに簡単に出来るのかと思ってしまったのですが、しかし目的はダイエットではなく、あくまでも病気を治さなくてもこの当たりで止めることです。それに少しでも近づけたいと思います。長女のブログにも気持ちのうえで大いに助けられていますが、心配をかけて申し訳ない気持ちでいっぱいです。
  今日から玄米のおかゆから再出発です。もずくのパワーを信じて体質改善をしてゆきます。
posted by ヒロシ・マックイーン at 07:11| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月06日

社会人になって観た映画「パピヨン」

  まさに大作の香りがした映画でした。実話の映画化ですが、この映画の製作が決まったというときから待ちにまった作品です。映画の雰囲気といい、作品の内容といい、期待に違わない作品に出来上がっていました。この脚本はドルドン・トランボです。彼はハリウッドテンと言われた一人でもあります。映画サークルでいわゆるハリウッドテンの人々のことはたくさん勉強しました。赤狩りやマッカシー旋風などのことはよく話し合ったものです。その中でもドルトン・トランボは存在感溢れる生き様といい、脚本家の実力といいハリウッドには傑出した脚本家の一人だったようです。その彼がこの映画の脚本を書いています。いやが上にも期待は高まったものでした。その真骨頂はパピヨンが砂漠で有罪の宣告を受けるシーンです。自ら「俺は有罪だ」と語り、砂漠を去って行くのですが、大切な自由を捨てまでも犯罪に手を染めた自らを戒めるのです。投獄されたパピヨンは幾度も脱獄を試みますがつかまってしまいます。しかし彼は自由を求めてそれでも脱獄を繰り返します。真っ暗闇の中の投獄生活を何度も経験します。パピヨンはとうとう脱出不可能といわれた悪魔島に閉じこめられるのですが、彼は自由を求めて大海原に飛び出していきます。そしてとうとう彼は自由を手にするのです。大冒険映画の感じを映画からは受けますが、1本芯が通ったただのの自伝映画では終わらない映画に出来上がっていたと思います。音楽も哀愁に満ちた忘れられないメロディーでした。何度かこの映画を観ましたが、永いことこの作品を観ていません。もう一度再見したいものです。主演のスティーブ・マックィーンも最高でしたが、共演のダスティン・ホフマンも良い味を出していました。彼の共演があったために映画の奥行きが一層出たと思います。話の内容はとても単純なものですが、映画の醍醐味や面白さがたっぷり詰まっている映画だと思いました。
posted by ヒロシ・マックイーン at 18:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月05日

多系統萎縮症って事

  沖縄のSさんにお世話になっている「もずく」を飲み出して1週間が過ぎました。1回150ccずつ1日2回飲んでいますが、先日やっと便が出ました。近頃便秘気味で困っていたのですが、それなりにお出ましになる気になったようです。この調子ですっきり出したいものです。それでやっと3日間の断食に挑戦する気になりました。Sさんの細かな指導で断食をするのですが、なにせ初めてのことなので、とても怖い気持ちが正直なところです。
  私はうどん・そば屋をしているので食べ物に囲まれて生活しています。ちょっと手を伸ばせば食べ物は目の前にあります。しかし今まではそんなにそれらの食べ物を欲しいとは思いませんでしたが、今回ばかりはそうはいかないと思うのです。3日間にお茶、水、そしてもずく以外は口にしないのです。自信がちょっとありませんが頑張ろうと思っています。と云うのもお客さんの直姫も断食をしたことがあるそうです。ちょっと勇気をもらいました。人に出来たことが私に出来ないとは思いたくはありません。
しかし、しんどいとは云っておられました、やれやれです。
  そうすると昨日の夜、Sさんからまた電話があり、「どうですか?」と心配の様子です。そして力づけてくれました。そして私も「何故Sさんも断食をするのですか、どこか悪いところでもあるのですか」と尋ねたら、「いや悪いところはありません、断食する人の気持ちに私も体験したいから」と云われました。へー、そうなのかとちょっと感心したのです。中々出来ることではありません。Sさんが頑張っているのだから私もやらなくてはしめしがつきません。と云うことで今日から3日間の断食開始です。どのようになることか、また報告します。
posted by ヒロシ・マックイーン at 08:09| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月31日

多系統萎縮症って事

  早いもので3月も今日で終わり、とかく3月は駆け足で通り抜けていきました。しかしこの月は私にとって忘れられない月になるでしょう。
  先日来、長女の薦めで沖縄の「もずく」を飲んでいます。このもずくは持っている成分をそのまま体に吸収できるエキスらしく、もずくには色んな成分が入っていて、体の調整をしてくれるそうです。私の体は悪い物が貯まっていると言われ、まず体を元に戻さなければいけなく、水道水はもってのほかで、お米も白米から玄米になりました。先日、初めて玄米は口にしたのですが、意外と美味しく食べることができました。少し固いので咀嚼がすごく、よく噛むようになったのも良いことかも知れません。そのせいか体重がものすごい変化をしています。私は身長が175pで、体重はその時に72キロでしたが、約1週間で7キロも減少しました。今朝体重を量ると65キロでした。それもそうです、朝はバナナ1本と、玄米ご飯少々、もすく150cc、と浄水した水だけです。お昼は生野菜と玄米少々と養殖以外の魚。夜はもずくと玄米少々、魚と野菜です。そしてお水をなるだけガバガバ飲んでいます。痩せるはずですが、とにかく体を元に返さなければと思っています。ちょっと前の私なら絶対こんな事はしないであろうと思いますが、暴飲暴食を続けて来たツケが廻ってきたと思い、続けて見ようと思います。砂糖は厳禁で甘い物は果物で補充、アルコール類は絶対ダメで、一滴も口にしない。私にとっては奇跡みたいな出来事ですが、今は体が拒絶しているようです。不思議なことに全然欲しくないのです。ちょっと前まで、安物のワインを一晩で1本軽く空けていたり、焼酎などは5、6杯飲んでいました。180度の転換です。要らない物を取らない、体に蓄積したものを吐き出し、体質改善をまずしなければいけないようですが、この方法が正しいかどうかは判りませんが、今はこれしかないと信じ続けてみます。病気の進行が早いか、体質改善が間に合うかの競争だとも思います。
  昔は肉などは食べていませんでした。父親に聞くと親が漁師だったので、小さい頃から魚ばっかり食べていたと言っていました。私は魚が好きなので苦になりませんが、それもボイルか刺身か、塩だけで焼きます。考えれば贅沢かも知れません。しかし昔は粗食で生きていました。昔の食べ物で体質改善をしたいですが、今は全てのものが農薬や訳の判らぬ物質でまみれています。私の出来る範囲でなるべく粗食にしたいと思いますが、その事を話すと仲間に笑われてしまいました。ここに集まる女性陣はもう10年以上も前からそんなことは実践しているし考えてたと・・・。そう言えばそんな話をよくしていたなぁと思い出しますが、しかし笑い返してやりました。その成果が体に現れていなとと・・・。
posted by ヒロシ・マックイーン at 07:39| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月28日

多系統萎縮症って事だ

  この病名をもらって人生が大きく変わった、と言うか転換せざるをえない状態になりました。このブログは映画の想い出や感想を書くものだったのですが、私の病気のことも併せて書こうと思っています。実際何度か病気のことを書いています。何か変な組み合わせですが、人に読ませるものではなくて、自分史のつもりで書いていくつもりです。
  沖縄に住んでいる長女が心配してくれて、「もずく」を飲むことを勧めてくれました。1本結構な値段がしますが、医者から今まで治った人がいないと聞いた以上、もう何でも取り組むつもりでいました。友人たちも色々心配してくれますが、まずは娘の薦めを信じてもずくを飲むことからやってみようと思いました。また娘が、森美智子という方がおられることを教えてくれました。彼女は脊髄小脳変性症を克服した人らしいです。それももう既に16年間も青汁だけで生きていて、小食や断食で病気を乗り越えてそうです。まだ書かれた本は読んでいませんが、彼女の講演を聴かれた人のブログを読むとへーと感嘆するばかりでした。
  断食というのは私が20歳くらいの時に職場の先輩から「口内炎がそんなに出来るのなら、体質改善してしかない。それは断食だ」と言われたことがあります。その当時ですから「断食」と言われてもマンガチックな話しか思いませんでしたが、まさか30年以上も経て、断食の話が身近に起きるようになるとは思いもしませんでした。森さんの話も「もずく」のことも断食がキーポイントなのです。そのことで私の病気が治るかは判りませんが、要するに体質を改善するしか今の私には残されていない気持ちになったのは確かです。                                                        
                    続く
posted by ヒロシ・マックイーン at 08:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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