2010年03月24日

脊髄小脳変性症って事

  昨日広大に行って最後通牒を頂いた。詳しい事は判らないが私の病名だ。脊髄小脳変性症の中でも分類があって、多系統萎縮症になるらしい。これが確定して来月特定疾患の申請を県庁でしてもらう。多系統萎縮症のなかでも三種類あって私がどれに当てはまるかははもっと詳しく調べないと判らないようだが、どれにしてもちっとも良くはない。どの種類にしても最終的には寝たきりになる。私は先生に聞いてみた、この病気で治った人はいるのかと。「現在のところいません。進行が進まない人はいるようです」と。現在広島県で500,600人くらいの人がこの病気らしい。色んな事が頭を駆けめぐったが、もうここまで来たら、覚悟を決めて治すことを信じてなんでもやってみようと思う。先が見えたのだからもう躊躇したり迷ったりしないつもりだ。
  長女が心配してくれて色々探してくれたものがある。治ると信じてそれを飲んでみる。そしてある人が断食をしてこの病気を克服したとある。それも急遽読んでみた。現代医学で無理なら、東洋医学の神秘の門をくぐるのも良いかと思うし、やるなら徹底してやってみようと決めた。最後通牒を突きつけられた以上、こわいものが無くなった心境だ。
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2010年03月23日

社会人になって観た映画「ダーティーハリー2」

  あの大ヒット映画「ダーティーハリー」の続編です。大概シリーズ化すれば出来はだんだんまずくなりますが、この作品の脚本はジョン・ミリアスやマイケル・チミノが手がけていました。私はこのシリーズの中でもこの作品は出色の出来映えだと思っています。第1作も「ダーティーハリー」も良かったですが、どうしても散文的に思えて今イチのめり込まなくていました。しかしこの2作目は筋が1本通っていてとても判りやすく感情移入しやすい作品に仕上がっています。それも脚本の力かも知れません。犯罪が実は内部犯行だったとか、私刑執行人が存在したり、それが警察内部とか、その黒幕がいたりと、近頃の「24シリーズ」の原型を見るようです。当時はそんなものは勿論ありませんが、今思えばその先駆けになっていた映画かもしれません。音楽もラロ・シフリンです。どこかで聞いたことがある感じだと思っていたのですが、あの「ブリット」を担当した音楽家です。私は今でも「ブリット」の音楽は最高だと思っています。サンフランシスコの澄み切った青空がクリアな映像でとても犯罪映画とは思えないほど進行していきます。ハリーも気持ちよく演じ、あのS&Wマグマム銃をより軽快にぶっ放しました。「ダーティーハリーシリーズ」によりこの銃が有名になりやたらこの銃が映画やテレビに登場するようになったのもご愛敬でしょう。主人公のハリー・キャラハンも映画に全部で5回も出ますが、私はこの2作目が一番記憶に残っています。
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2010年03月16日

18歳の時に観た映画「ゲッタウェイ」

  この作品は広島宝塚で観ました。この映画は日本では大ヒットしてマックィーンファンとしては溜飲をさげたところでした。監督はあのサム・ペキンパーで問題多い彼としてはとても判りやすくてスカッとした作りでした。現代劇ですが西部劇の香りがしてマックィーンの魅力が満載の映画になっていました。田舎の銀行を襲ったり、裏切りがあったり、ショットガンをぶっ放したり、それこそカントリー映画を現代に移し替えたような雰囲気を出してました。乾いた感じですが、描かれているのは実に人間ぽい生身の人間の姿がそこにはありました。大都会ではなくちっぽけな人間が犯罪を犯す姿が生々しく描写、活写されていきます。ラストのメキシコに逃げていく姿は何故か滑稽でもあります。まんまと逃げ失せたかと思いきや、数週間後この夫婦は捕まってしまうとコメントが出ます。立ちふさがる者は誰であろうが、ショットガンで撃ち殺してしまいますが、それに悲壮感とか余計な感傷は入りません。観ている私たちも一緒にゲッタウェイするのですから。決して大作の雰囲気はありませんが2時間を飽きさせることはなく、クインシー・ジョーズの音楽も大変ご機嫌で要所要所にはまって映画に華を添えてくれました。ポテトチップスを食べながらガムをくちゃくちゃしながら観る映画にはぴったりでした。当代切っての2大スターの映画で「イヨッ待ったました」と声を掛けたくなるような映画だったと思いました。
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2010年03月12日

18歳の時に観た映画「スティング」

  この作品はあの「明日に向かって撃て」のメンバーが軽妙な犯罪コメディーを作ったと騒がれ公開されました。私にとっては「明日に・・・」は映画のバイブルの様な作品で、またあのような映画が観られるのかとワクワクして映画館に行きました。しかし残念ながら、「明日に・・・」のような心に響く作品ではありませんでした。確かに軽妙・洒脱の要素はふんだんに持ってはいましたが、どんでん返しとか、どのように相手を出し抜くかなどの内容なので青春ドラマのような雰囲気はありませんでした。私が何を期待したかはよくは判りませんが、エンターティエメントとみれば良くできた映画だとは思いますが、何故かがっかりした記憶が思い出されます。比べるのが悪いのかも知れませんが、ブッチとサンダンスの生き様が自分の青春とオーバーラップすることで映画に深みが加わり、思いを深められました。しかしこの「スティング」はそんな感傷的な気持ちになる要素がありませんでした。音楽もこの映画にぴったりの忘れがたいリズムですが、映画の出来は良くても思いでの映画には私の中では昇華出来なかったのが残念でした。ラストのどんでん返しの何かみみっちく見えて呆気にとられました。やはり私が悪いのでしょうか、こんな印象しか残っていないのは。この作品はアカデミー作品賞、監督賞、脚本賞など沢山の賞を取りました。今またこの作品を観ると違ってみられるかも知れませんが、人それぞれですね、映画の見方は・・・。
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2010年03月09日

18歳の時に観た映画「日本沈没」

  この作品は映画を観る前にカッパノベルで先に読んでいました。多分上・下巻だったと思います。大変楽しいというか空想ですが、現実感も結構あるなと読んで思いました。何億年前はこういった地殻変動があったから今の地理が出来たのだから当たり前の話ですが、それにはとてつもない時間が掛かったのだろうと思われますが、地震が世界中に起こっているのであながち空想ではかたづけられない話です。しかし今の日本だって、世界の話でも全く砂上の家に住んでいるのだなぁと感じられます。18歳の私にはそんなことを思いもせず、ただ目の前の事に振り回されていただけの世代でした。この日本の大作をちゃっちいとも感じながらも良くできたエンターティメントとして楽しんで観たのです。
  映画というか、物語には主人公が必ず必要ですが、その存在抜きにこのような映画は作られないであろうかとその頃はいつも思っていました。こんな壮大なテーマに愛とかロマンスとかは必要がないと思っていたからです。日本が沈没するのです。そんなことを描く時間があるのなら、日本人がどうやって行くのかを知りたいものです。総理大臣役の丹波哲郎が涙をじわっと出す演技なんて何故か陳腐に思えて仕方なかったです。主人公の藤岡弘やいしだあゆみのドラマもどうでもよくて、なぜそんなドラマが必要かと思いました。でもそんなドラマやシチュエーションがないと映画としては成立しないもの確かなのですが、壮大な自然のドラマにはそれら全てどうでもよく思えてしまって仕方がなかったです。
  2時間をゆうに超える大作ですが、日本が完全に海中に沈没してしまうのですから何だか想像も出来ない映像でした。観ている観客はどんな気持ちだったのでしょうか。現実感など全くないことと思います。特撮物が得意な東宝ですが、日本だけ沈んでしまうなんてとても変な気がしました。だって他の国は全くどうもなっていないのだから、そんなバカなとも思いました。印象に残っているのは「日本は単一民族で他の民族と交わった事がないから、そのまま居なくなったほうが良いと」言った台詞があったような気がしましたが、そんなことはないと思いました。昔から日本人もシャムなど積極的に出て行っていたことを思いだしたからです。江戸時代の鎖国があったから日本人は閉鎖的と思いがちですが、昔から日本人も世界に出て行っていたのにと思ってしまいました。だからその台詞には違和感を持ちました。
  この「日本沈没」は長いこと日本の興行記録を持っていたはずです。確か正月映画として上映されましたが、広島では宝塚地下で公開されました。
posted by ヒロシ・マックイーン at 20:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月06日

社会人になって観た映画「エクソシスト」

  この映画は私が船乗りになった時に観た映画です。船乗りと言っても自分のことを振りかえろうと思い、叔父に頼んで船舶関係の会社を世話をしてもらいました。期間などは考えていなくて、目標とするものが見つかれば直ぐにでも降りようと決めていました。そんな中観たのでこの映画でした。
  我々セイラー(甲板員)には2人部屋が与えられていました。映画が好きだということは他の船員仲間にも直ぐ広まりました。サードオフィサー(三等航海士)はとても若く、そしてハンサムな人でした。私の部屋に良く来ては色々話をしてくれたのをおぼえています。その彼が高松港に停泊していた時その「エクソシスト」を観た話をしてくれました。彼は五島列島の出身で洗礼は受けているようでカソリックだと言うことでした。私の人生でそのような宗教を持っていた人は初めてだったのでとても興味深いものでした。彼は我々とは違った見方をしていました。へえー!そんな見方があるのかと言う感じです。それは善と悪、悪魔の存在、心のありようなどでした。やはり宗教感が映画を鑑賞するのも左右するのだなと感じました。私もその話を聞いていたので、どうしてもこの映画を彼の視点で観ていたと思います。
  この映画を何処で観たかは覚えていませんが、日本の幽霊の映画と西洋のオカルト映画とはこんなに違うものかと驚きました。映画を観る前に西洋では失神者が続出などと宣伝していたので、どんなものかと思っていたのですが、日本の怖さと西洋の怖さの意味を知ることになったのです。それはやはりサードオフィサーの映画の感想が先にあったから、西洋のオカルトや怖さの意味を知って観ることが出来たのだと思います。映画の出来は素晴らしかったと思います。日本の映画は視覚的や心理的に怖がらす演出をしますが、この「エクソシスト」は宗教観を問いかけてきます。善と悪が厳然と存在してそのせめぎ合いをするのです。それは壮絶な戦いの姿でした。勿論少女が汚い言葉を吐いたり首が360度回転したり、超常現象が起きたり、刺激的なシーンの連続ですが、それ以上にあの敬虔な神父さえも悪魔が入り込む余地があることに西洋人はショックを受けたことだと思われます。だから余計にそれらのシーンが心に響くのだとサードオフィサーは語ってくれました。私はほとんど無宗教なのでそのような感覚は思いもよりませんが宗教を信じる人は人ごとではなかったはずです。オカルトと言う言葉や超常現象なる言葉もこの映画以降盛んに使われましたが、やはり先駆的な役割を果たした名作と言えるでしょう。
  数年前この作品を観る機会がありましたが、その想い出を内包しながらの鑑賞だったのでこの映画は特別な思いがありました。映画の内容はここでは述べませんが私の映画史の中でも特出すべき作品でした。
posted by ヒロシ・マックイーン at 07:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月03日

映画自分史「社会人になってからの映画」

  近頃、「高校時代に観た映画」を書いていませんでした。まだまだその頃に観た映画は沢山あったはずですが、もう随分前の話です、忘れてしまった映画とか、記憶違いとかがあると思います。今はインターネットでその年代の映画を簡単に検索できるからひじょうに便利です。大いに助けられました。これからは社会人になった時に観た映画を中心に書こうと思います。
  高校時代は映画三昧の日々を過ごした私でしたが、就職が決まってしばらくは映画どころではない日々が続きました。私は高校生のときは電気科でしたからその道におのずと進みました。ある大手の電気工事会社です。その会社には高校の先輩がおり、後輩ということでとても可愛がってくれました。出張が多く、主に地方の現場で電気工事の監督をするのです。まあその話はいいのですが、だからあまり映画を観る環境にはいませんでした。映画サークルも少しご無沙汰になっていました。しかし本音は映画に飢えていたと思います。会社を1年3ヶ月で辞めた時はその反動で映画を観まくっていた記憶があります。遊んでいるわけにはいかないので、アルバイトを駅前のダイエーに行きながら映画を観ていました。その頃のお話を映画の記憶を辿りながら書いて行きたいと思っています。
posted by ヒロシ・マックイーン at 16:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月02日

脊髄小脳変性症って事

  私は今筋トレをしています。と言ってもお店や自宅であんまり負担の掛からないスクワットをしたり、腹筋を鍛えたり、散歩をするくらいです。先日友人がお店の手伝いに来てくれた時、比較的近所でトレーニングが出来る病院や施設を探してくれたのですが、やはりそれにもお金が掛かることは確かです。それはいいのですが、とても気持ちは嬉しかったです。しかし現実的にはなかなか時間が取れないものです。今のところ自宅で頑張るしかないと思っています。
  しかし人の繋がりは大事なもので、もう昔からの友人で理学療法士をしている人をを思い出しました。彼はその道の専門家でもう30年くらいその仕事をしています。実は義母がホームに入所していたときにその彼がそこで働いていることを全く偶然に知りました。正に10年ぶりの再会でした。そのホームに行くときは彼とよく会っていたのですが、義母がそのホームを退所してからは少しご無沙汰になっていました。そんなことで彼を思い出し早速電話をすることにしました。 これからのトレーニング方法を相談しようと思ったからです。その日に彼は来てくれて話を聞いてくれました。それは昨日の事です。私はこれまでの経緯を話しましたが、やはり広大の難病対策センターに行くことを勧められました。彼が来る前に広島にもこの病気の会があることを知り、そこに電話をして広大にあるこのセンターのことを教えてもらっていたのです。物事は重なるときは重なるものです。実に上手くかどうかは判りませんが回り始めたのです。
  1月の末の事です。それまで私は診て貰っている病院で「あなたの症状はまだ軽度なので病名の診断書は書けない、書いても却下される」と言われていたのです。私はどうしてもその事が納得出来ず、大きく頭に引っかかっていたのです。病名が確定しているのだから、軽度であろうが重度であろうが病気は病気のはずです。少しでも時間を取って通所したいところですが、それにはまず診断書が必要です。またこうも言われました。「今の役所はそう簡単には認可してくれない、あなたのような人に診断書を書けば私の患者に迷惑がかかる、診断を疑われるからだ」と。私は黙って聞いていましたが、今の医療行政を見たと思いました。医者がどちらを向いているのかを思い知りました。そんなお医者さんばかりではないと思いますが、他のブログを読んでもそのような態度に出られたお話が多々あります。何としてもどうにかしないといけないと思った次第です。その事を友人には話しています。みんな心配して色んな対処を話してくれます。そんなこんなでこのお話の次第です。親や妹の心配してくれますが、やはり正しくこの病気を知ってもらいたいと思い奥さんが先日に病気の友の会が出している本を申し込んでいたのですが、それが昨日届いたのです。早速親にも読んで貰うことにしました。その本で広島にも友の会があることを知り、理学療法士をしている友人にも相談したのです。面白いものです。通っている医者からは思わぬ事を言われむしゃむしゃしていたのですが、一筋の光が差し込んだ気分でした。心配してくれている両親や家族、友人にも新たな報告が出来ればと思っています。
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2010年02月19日

映画鑑賞記「インビクタス」V

  インビクタスとは劇中にもチラッと紹介されますが、マンデラが獄中に読んだ詩の題名のようです。この詩によって彼は励まされ、生きる指針にもなり、不屈の精神を培われていったのですが、彼の寛容の心もそこから学んだことなのでしょうか。ラグビーチームの主将もマンデラのいた監獄を仲間と尋ねます。そこで見たものは彼の心に大きく響きます。アパルトヘイトの惨さと非人間性です。それを感じとったチームはそれこそ大きなものを心に宿すのです。
  マンデラが国に大きな希望と夢を与えるドラマもとても重要な要素ですが、なんと言ってもこの映画の圧巻はラグビーシーンの素晴らしさでしょう。観客はチームの勝利とともに喜びを共に味わいます。まるであたかもその国の人々のような気持ちになります。スポーツというゲームと選手達のがんばりに刺激され、我々も感動を味わう事になります。よくスポーツがプロパガンダに利用されるのも判りますが、スポーツは人々に勇気と気力を与えてくれるのも確かです。他の動物では決して無かった出来なかったことがスポーツなのかもしれません。だからこそこんなにスポーツに熱中し、声援、応援し感動をそこから得るのだと言えます。元来、人間は感動を求めている動物かも知れません。心の琴線を刺激され、同調を求め、明日からもガンバローという精神は感動から得られるものだと思います。
  エンディングに流れる、「ジュピター」の詩は我々に生きる素晴らしさや手を繋ぐ必要を説いています。観客はそのメロディーを聞きながらこの映画を見終えますが、何らかの力をこの映画から授かったと思います。それは今の日本の姿を見つめる目でもあり、よりよい社会を作りだそうとする心だと置き換えられると思います。少しでもいいから明日を良いものにしていきたい。そんなことをこの映画から感じ取りました。
                        終わり
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2010年02月18日

映画鑑賞記「インビクタス」U

  この作品は前半部分はどのようにして南アフリカを一つにするかに腐心するマンデラの姿を描き、後半部分は南アフリカで行われた「ワールドカップラグビー」で勝ち進むチームを中心に描きます。大まかに分ければそうですが、その全てが繋がっており、そこにはアパルトヘイトが縦糸に絡んでいます。たとえ差別撤廃を掲げても国情はなかなかそれを許しません。そこには貧困があり、長い間に蓄積された憎しみが貯まっています。スポーツの世界にも哀しいかな歴然とした事実が存在していました。しかしマンデラはチームの要であるキャプテンにこれからの南アフリカの未来を託し、自分が監獄で学んだことを話します。これらの場面は時にはくどかったり、説教がましくなりがちですが、サラッとしかし実に効果的に私たちに入っていくのです。選手達にも微妙に自身の葛藤として描かれていますが、スポーツの素晴らしさというか勝利に飢えた人々がラグビーを通してわが事のように驚喜していくのです。副題ともなっている負け犬ではなく敗れざる人々でもなく、本当の意味の勝利者を感じさせるのです。
  後半部分というか、ワールドカップで勝つすすむシーンは心震えるほど見事です。勝利をするほど国民は驚喜乱舞します。決勝のシーンやスタジアムの場面などはどうやって撮ったのであろうかと目を疑う場面です。これはCGなどでは味わうことが出来ない、生身の人間の姿です、人の姿や魂が爆発するのです。これにはさすがに参りました。圧倒的な迫力で心に迫ってくるのです。このようなクリント・イーストウッド監督作品は初めてです。これは題材の良さにも助けられたとも思いますが、スポーツの持つ力が私たちに乗り移ったのかも知れません。これまでスポーツを題材にした映画は沢山作られましたが、このような波状攻撃のように迫り来る作品はそうそう出会うことはできません。奇しくもバンクーバーオリンピックが行われている時期に重なりましたが、スポーツの持つ力を再認識させてもらいました。
                      続く
posted by ヒロシ・マックイーン at 07:31| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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